Xipoci ぼんやり日記
地震から8年目までの1年間の日々の記録

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  熊本大震災以降web日記
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 主記事  備考
 2023/10/16月   今日は銀行へ行ってきた。出し入れのない通帳口座は課金するというので、さっそく2つあるうちの一つにまとめた。それで知ったのだが、キャッシュカードを作っている口座は、通帳を持参してパスワードを入れると現金の出し入れが出来るということを知った。既にキャッシュカードはどこかに仕舞ったまま行方不明、そんなときは、通帳持参で確認するとよい。この話はもう常識なのかもしれない。そんなことをweb日記に書くなんてド素人だなあと思われちゃうかもな。通・・それも知らないで帳用使って従来通り面倒な用紙に書き込んで印鑑を押すなんて面倒くさいったらありゃしない。//今日は散歩に出る前にTVで谷村新司さんの訃報を聞いた。昴とかいい日旅立ちとかを作った人(74歳で天国へ)。ラジオを聞きながらの散歩でスバルがかかった。懐かしみながら聞いた。   影の薄い男Xipoociが秋の風に吹かれて水辺に佇む。いつもあるパターン・・7211歩だ。ご主人様は1万歩超えたとはしゃいでいたが・・歩きすぎは良くないのが常識。テキトーが一番!。それにしてもイスラエルのガザ攻撃では南へ移動するのに歩いてゆく親子の風景が画像に出ていて痛々しい。//オンライン文化祭のweb展示に一つ追加があってほっとした。たったの一点だったので、ちょっと心配していたところ。フォトコンテストには私の心配事(盛り土風景)を加えて参加。//5月つけ込んだ(つけ込んで貰った)梅酒がスッキリ美味しい秋の夜だ。(^o^)
 朴賢緒先生の思いではここいらで一服。次のweb日記に続くことにしよう。どうせ誰も観てないのであまり関係ないかな。・・明日からページが新しくなる。
 2023/10/15日  今年も零余子取りの季節がやってきた。昨年の今日の画像をみるとうむかご取りに夢中になって居るときに瓜坊3匹に出会った。そんな記録が・・で じゃあ零余子取りに行かなきゃとなったのだ。丁度最盛期、そっと手を添えるとポロリと取れるのだ。これで零余子ご飯を作るのだ。少し塩を振るとうまいぞ!素朴な味もまた美味い。身近な自然に恵みが一杯の山の中だ。これで猫と3匹で暮らす週末も終わった。来週は俵山文化祭で大忙しだろう。19日のオンライン文化祭もあるし、web作りも大変だ。//この数日で世の中がまた変わってしまった。相変わらずパレスチナとイスラエルの間の戦争拡大が続いている。闘いで子どもを犠牲にするのだけはやめて欲しい、戦争に同意した兵士だけにしてくれよ!といいたくなる。何も知らない、まだまだ無垢な小さな魄を大人だけの都合で消すな。虐殺や戦争はやめてくれ!    <朴賢緒先生の思いで>(7)
見かけた2010年6月12日、八代で『レーヨン発展のかげで 患者たちの闘いと熊本民医連』 の出版記念パーティが開催された翌13日、熊本市内のある寿司屋さんで、韓国からの朴先生ご一行と原田正純先生ご夫妻と(故平田宗男先生の息子さん)平田隆さん(左手前から3人目)と一堂に会した。このときは、朴先生も原田先生も自由に心ゆくまでお話されたのだと思う。(写真の頃からもう十三年経ってしまった。)既に朴・原田両先生に加え平田隆さんも既に故人となられた。ここには参加されていないが熊本の中心人物の北岡さんも今年2月に鬼籍に入られた。ーーーーーーーーーーーー
 韓国へ訪問するときは調査以外でも観光目的の遊びの時も必ず朴先生と連絡を取って食事を一緒にした。忙しさの中でも必ず時間を取ってくださった。日韓友好の基本は食事からだろうか。この間の長い交流を通じて身についたことだ。緑色病院の院長になられたイム先生にも色々お世話になった。朴先生の入院や容体確認、そして2018年12月5日の面会訪問への付き添い、それから一ト月後の先生の(2019年1月27日の)死去と葬儀日程まで詳細にお知らせを頂いた。実はFACEBOOKはイム先生に誘われてのこと。使って初めてその便利さを知ったのだった。
 2023/10/14土   どんよりと曇った一日。暇にまかせて裏山散策。通り道にあるうべの幹に数個なっているのに誰も取らない。既に割れ目が入っているので、誰か食べてやらないとなおd思って、口に入れたが甘くない。ちょっと苦い。今日の奇跡の柚子の木の柚子の実は30個を数えた。奇跡のように今日は増えて見える。バーベキュー用長椅子えお修理しようと、壊れた椅子を外に出してトントンしていたが、古すぎて板が割れ、再生は諦めた。残ったネジを並べて秋の風物(枯れ葉、栗)を並べて記念撮影。14時半過ぎて昼メシを喰う、たまたま点けたTVで長谷川櫂が喋っている。昨年の俵山文化祭では講演して貰った、もう一年が経ってしまったのか。聞いたら何と再々放送で何年も前のモノだったそうだ。道理で若いと思ってしまった。そう返事した(^o^)・・昨晩から喉がモヤモヤする。   どんぐりも栗も外形はよく似ているが、人が食えるか、食えないかの違いでこりゃあ食べ物だと狭く判断しているだけ。熊はどんぐりをよく食べて生きるようだが、栗もたべるだろう。熊になってみるとどっちも食べるモノだ。
朴賢緒先生の思いで>(6)
1993年の日韓被災者交流は、9月26日~9月30日に行われた。ソウル2泊、慶州2泊、慶州観光も兼ねたもの、行き帰りもソウル、釜山という違う場所で福岡発着という日程だった。このとき八代の患者さんは源進の被災者を病院へ見舞った。
左から2人目は案内の朴先生、その左右2人が患者さん、そして右から2人目が岡田聖さん(二硫化炭素中毒症を救済する中心に立たれた人で、元興国人絹労働者、自らも被害を受けておられた)、そしてその右が八代の被災者の桑原さん。(詳細は記録文集にある) 次は
いっぱい飛んで2010年6月につづく。
2023/10/13金   山の庭には白い薔薇が咲いていた。下界を出るときは豆の花が・googleレンズでは「エビスグサ」とか。効能では血圧や便秘に効くそうだ。出来た豆をお茶にするとおいしく飲めるのかもという知人情報も。実際に今度試してみようと思う。//ああ忙しい、最近ちょっとふらふらしそうな時がある。何もしなくてよいのに忙しさを探して歩いているような、それも機ばかりで実際は何も進んでいないのに。進まないことの焦燥感かもしれない。プレ文化祭のフォト575が少し進んだが、展示は1件、デジカメコンテストに私も応募したが、どうかな?それとミュージシャンにも先ほどOkが取れた。うまくいくといいなあ。  朴賢緒先生の思いで>(6)
北岡さんが人工透析を受け始めて、なかなか海外取材が出来ないことを苦にされていたが、緑色病院に透析装置があるということで、予約して行くぞというかけ声はあったが、なかなか実現しなかった。待ちきれずに朴先生がら準備万端、早く日程を知らせてくれというFAXが届くのだが、2日に1回の透析日、それも海外での透析となればなかなか決断がつかないまま、その後の韓国への旅は断念。そのくせ、様々な東京行動には参加されていて、結構 無理されていたようだ。印象に残っているのはまだ透析される前の台湾行き・・台湾のレーヨン工場を確認することを目標として4,5人で行った。付近で道に迷ったといって正面玄関から入って、保健室まで見学したが、それ以外の成果なし。タクシーまで呼んで貰ったという一場面も。目的は果たしたとあとは、観光の楽しい調査だった。
 2023/10/12木   今日は晴天。爽やかな風がときおり吹いてくる。大きな台風も水害の影響もなかったこの付近の稲刈りは順調のようだ。水害で被害を受けた益城や、遠く秋田、新潟の稲は大丈夫だろうか。日本全体からみると合わせて昨年並みと表現されるかもしれないが、稲として稔らなかった地方の農家の生活は大変だろう。//自然災害は必ず発生する。そんな中にあちらこちらで血なまぐさい殺戮が起きている、ウクライナの戦争はなかなか終わりそうもない。加えて今度はイスラエルが大変だ。パレスチナの人々の閉じ込められたガザ地区もこれから電源もガソリンや食料も止められて飢餓状態が目の前にある。またイスラエル・ガザ両方の市民への無差攻撃も続いている。ああなんてこった!神様なんてどこにも居ないじゃないか。犠牲者は平凡な市民であり無垢な子ども達ばかり。  朴賢緒先生の思いで>(5)
 翌年2010年6月12日午後5時~7時 八代グランドホテルにて、二硫化炭素中毒症関連の書籍『レーヨン発展のかげで 患者たちの闘いと熊本民医連』 興人八代・二硫化炭素中毒症被災者の会著・この本の出版記念会に朴先生を含めた3名を招待した。この時、私たちが案内役を買って出た。その翌日に熊本市内で原田先生夫妻と平田隆さんと朴先生と韓国のお客様とランチ会を行きつけの寿司屋さんでやったのだった。その翌日には天草へ案内し帰国という具合のスケジュールだったろうか。それが私にとっては朴先生と直接ふれあった最後の熊本での出来事だったのかもしれない・・朴先生は当初は手書きのFAXが多く旧漢字で読みとくのに苦労したが、この2010年には日本語ワープロの印字なので読みやすくなった。帰国後も旺盛な活動をされている様子を伝えられていた。平和運動にも関心を寄せられて沖縄へも行かれていたようだ。 「憲法9条を韓国へ」という運動の件でも連絡があった。 つづく (その後 熊本からは観光ついでの旅で緑色病院へ 行ったことも)
2023/10/11水   昨日小川で最後の柿ちぎり。今年は1本の柿の木は豊作だった。もう一本のとんぼ柿の方は不作と両極端。山の栗も下の木ががちょっと不作だった。山の柚子の実は、最初3個かなこりゃあ絶不調と思って居たが、毎回数える度ぶ増えてゆく奇跡の柚の木になって27個まで数えた。来週はまた減っているかも。視力検査にはもってこいの奇跡の柚の木(数える都度にかわるので奇跡と呼ぶ)・・そんな馬鹿な秋を迎えたXipociだが秋は急に仕事が増える。昨日列記したように、とても大変だ。今日はフォト575の題材を探して写真を見過ぎて頭がフラフラする。3つ何とか候補をでっち上げた。これからWPで仮題ページを作るところだ。何かに見えてしまう。見える人には別のものが浮かび上がる。そんなフォトがよいのだが、さてどうだろう。それに普段ダイレクトメールはすぐに¢( ・・)ノ゚ポイと捨てるのだが、学園大の福祉学部は30年になると書いてあり。一期生で夜の学生として仕事は5時迄、それからの中年大学生として40歳で入学したのだった。そうかもう30年、社会福祉士の実習先も自分達で開拓しなくてはならなかった。さっそく我が家近くの特養にお願いしたらOKを頂いた。それから結構な付き合いになった。宇土市役所も実習先で生活保護の担当の方について一緒に家庭訪問したのだった。資格は学部卒業時に取れたが、色んな勉強にもなった。40歳過ぎての実習でも若者と同じ歩調で歩いていた。学校では学部と院で6年もお世話になった。学食に駆け込んで軽く夕食を摂り、教室に急いだ。先生達が色んなことに協力的だった。土曜の美術は受講者2名、それでも遠く福岡から教授はそのためだけに通ってくださった。贅沢だったかも。なかでも守弘仁志先生はKSNの紹介を授業時間に毎年入れ込んでくださったが、亡くなって仕舞われた。社会情報学分野でもバックアアップしてくださった。一度 社会情報学会でKSNの活動を紹介したことも。・・ああ秋が暮れてゆく・・忙しいなあ!  朴賢緒先生の思いで>(4) その原田先生とお会いになった2009年11月の写真。(左からイムサンヒョク・グリーン病院院長、朴先生、原田先生、そして韓国の研究員の方)その後原田先生が2012年6月11日に亡くなられたことを12日早朝FAXした。2016年には熊本の方で緑色病院の院長の韓国語での推薦文をと朴先生にお願いしたのが2016年1月4日。このころ膀胱癌に罹ってられたことを知る。相当、体力的に弱っておられた様子だった。その後 お願いした原稿をいただけた。それから3年後朴先生が天国に召された。韓国との交流の中心人物の北岡秀郎さんは2023年2月27日に永眠された。環境問題や労災職業病の問題(=庶民の安全と暮らしに深く関わる)と特に縁のあったった偉い方が次々と逝かれた。いつも朴先生様宛てのFAXには、「また連絡いたします。くれぐれも無理されずご自愛のほどをお願い申します。」と書いたままだった。・・不義理をお詫びします。・・ところで北岡さんは韓国源進レーヨンから転売されたC国へも調査を断行された。この機器は元は日本のレーヨン製造機器の中古品。さらに労働者へのCS2労災の患者を増やさないようにという目的で現地T地区へ行ったのだが、工場へ入れずに機器の製造番号などは直接確認出来なかったが、排煙用煙突を確認し。工場は稼働しているようだと外から眺めただけで(危なくなったので)即座に離れたそうだ。日本のレーヨン製造機械が韓国へ渡り大きな問題を起こしたのにそれが、また欠陥を隠して転売されたことにまずはビックリだ。 つづく
2023/10/10火    今日は午前中、絵手紙教室、モデルさんが柿だったので・・小川の柿を思い出した。先週1/3取ったけど残りはそろそろ熟す頃と気になり始めた。どんぐりや枯葉など5枚描いて教室終了。記念撮影のあと、さっさと車へ急ぐ。帰り道にいつもの東バイパスのガソリンスタンドで20Lくらい給油(満タンに)。1L=150円だった。(他所の表示より随分安いがこれから上昇の可能性もある。)・・既に頭は小川行きモードになっていた。城南経由で小川町に入りイオンモールにて 味千ラーメンを昼飯にした。平日なのにお客さんが多い。長居は無用と、さっさと用件すませて実家へ急いだ。草刈りが残っている部分をカットしたあとに柿ちぎり開始。10個ほど鳥の為に残して任務終了。これ全部持ち帰るとご主人様は困った顔をするかもと恐る恐る帰宅・ずらりと台所に柿を並べてその数に我なが驚く、こんなにはとても食えない。人付き合いの悪い私だがら押しつける相手もなく途方に暮れるが、ご主人様が明日は会議に持って行って押しつけて呉れることになってなんとかちぎった柿の嫁入り先が見付かりそう。これでまずは安心!
やるべきこと HACCP、俵山文化祭10/22、プレオンライン文化祭10/19、フォト575仮題作成、HP作成(応募取り込み)、それにKSNだより、WP学習会と「KSNの25年」の宿題と10月は病気出来ない忙しさになる」。
  プレ文化祭のweb展示の応募が少しずつ集まってきた。19日までなんとか出来ればと思うが、どうだろう。
朴賢緒先生の思いで>(4)
 2009年11月15-6日
九州での開催の労災職業病セミナーには朴先生と緑色病院の医師など参加されていて、熊本であった時は舞台袖におられた。その後 八代までご一緒したような。全て色んな所に連絡は行っていた。一番最近では「レーヨン工場」の出版記念で来熊されたときだった。この夜の交流会で歴史のU先生と喧嘩腰の会話になって、周りが止めに入ったこともあったけど・・いつもの調子でお話されていただけかも。・・一緒に水俣湯の児の病院(MD患者、胎児性の患者さんが入院しておられた)見学し、これには北岡さんも同行。院長の話も一緒に聞いた。水俣協立病院の屋上で水俣病原因企業の工場を眺めたり、隣の神経内科クリニックの高岡先生と会ったり、忙しい時間を過ごされた。、学園大に原田先生を訪ねて行った時のこと、原田先生が何かの行事で公演中に突然倒れられたが、会場にいたのは皆さんお医者さんで、そりょあ偶然良かったという冗談話も。その後食道Caで手術された話をされた折りにはこの病のあとで酒の好みが変わった、日本酒が好きになった(ホントは飲んではいけないのに)と笑い話のような話も生前の原田先生の(病に負けておられない)豪快さも笑いをこらえて聞いていた。何度も両先生はお会いされていたのでどっちが先かあとか、実はこんがらがっている。また別の日、神水の寿司屋さんで平田宗男先生の息子 隆さんと原田正純先生ご夫妻と一緒に会われた。 この辺はあとで記録を再確認しないといけない)あの頃日記でもちゃんとつけていればよかったが。でもこれをみると 学園大の原田先生の部屋は2009年11月16日だったようだ。まだあったかも。   つづく
2023/10/09月
スポーツの日
  昨日は風邪の強い一日だった。天気は少し回復した。朝早くチャメを抱っこして庭を一周していたら、大きな枯れ枝が落ちて居た。こんな木の枝が人や車に落ちたら大変だ。
 午後0時頃になるとサイレンが鳴って大切畑ダム工事でダイナマイトが爆発し、地震のように揺れる。のんびりしておられず、外へ出てその瞬間を何度か音と揺れで確認、、その時蜂の出入りに気づくき目で後を追うと電力線のカバー付近に何かありそうだ。今年は玄関に蜂が巣を作らなかったので安心していたが、ちょっと外れたところに作っているのだろう。注意しないといけない。近づいてきても振り払おうなんて思ったらやられる、知らんぷりに限る。いつか退治しないといけない。//その下の畑には猪もまだ気づいていない唐芋の蔦を7個埋めている。雑草はわざと取らずステルス芋の葉っぱだ。うまく成長して来月の焼き芋会までご無事でと祈っている。栗の実は奴らは食べ尽くしたので、そろそろ感心事は甘くてうまい地下の芋に向かうだろうが、芋の葉っぱに気づかないように!・・帰り際に蜂集合の下をみるとバタバタ息苦しそうにしている蜂がいっぱい。どうも黄色スズメバチらしい。大きな一匹が今から埋めようとするゴミ袋に飛び込んできたので、蜂が嫌う毒薬をシューっとかけて残飯と一緒に唐芋の近くの畑に埋めてあげた。今は蜂が一生の仕事を終えて死に急ぐシーズンなのかも。
 今日で4日目の山小屋生活。あまり成果はなかったが、ゆっくり寝起き出来てよかったかな。オンライン文化祭の準備(web展示コーナ)がガラガラで大変だ。
朴賢緒先生の思いで>(3)
 いろいろあったが断片的に思い出すのは、真夜中のFAX(午前2時とかその前後)朴先生は何時寝ているのだろうと思うほど。それも細々とした内容、さらに格調有る話で理解しようとしたらメガ醒めてしまうので・・真夜中便にはなるべく目を通さないようにして翌日しっかり読んで返事を書くことにしていた。熊本Asia, Africa, Latin America連帯委員会の北岡、千葉と長谷川で阿蘇、人吉をご夫婦案内したこともある。人吉は学校の関係で抜けたのだが、球磨川下りも楽しまれた様子。特に人吉行きのトンネルの長さと数にビックリされていた。また阿蘇のカルデラ一望の兜岩からの絶景も楽しまれた。朴先生は酒が好きで、呑むと日本の歌も飛び出した。最初韓国での酒の席で、日本語の歌は御法度だった時代、大声で童謡だか民謡だかを機嫌よく歌われていて、周りがハラハラしていた。そんな場には学生運動家も来ていて、捕まったとか、明日はデモだとかの話も飛び交っていた。1990年始め頃の学生運動や労働運動は凄い勢いで熱気をあびていた。・・その頃年月も経っているので、、光州事件のことをちょっと聞いたことがあるが、よく知らない。情報がないと仰っていて、ななかなニュースとしても流れなかったのだろう。     つづく
2023/10/08日   朝からしょぼしょぼと雨が降る。何も出来ないまま一日を終えた。朝からイスラエルとハマスの戦争状態のニュースで600名の死亡と伝える。夕刻にはアフガニスタンの地震で2000人の死亡も。地球はもう大変!だ。・・平和な時代というのはちょっとした錯覚だった。ずっと戦争は存在していた。目に見えないところで展開していた。そして自然災害は暮らしの隣にある。ある日突然、家族をどん底に落ち込ませる。・・我が山小家の上のダム工事の土砂がずっと心配だが、線状降水帯でも長引けば下の集落は危なくなる。土砂積みは上へ上へと相変わらずだ。ダム完成まで、あと1年の我慢で済むのだろうか//また戦争の火種はあちこちで燻っている。・・自然災害がこんなに酷いのに、そのうえ、人工的に天に唾を吐く戦争は絶対避けなければいけない。//オセアニアDXコンテストは結局40局となって、余裕を持って終了。次はWWーSSBコンテストが10月28日-30日に期待。  <朴賢緒先生の思いで>(3)
労災関係でつながった韓国であるが、コネクトの先には様々国内の問題を知らせる。労災問題は環境公害ともつながり、水俣病とも根っこは同じだ。会社の利益のために労働者や住民のことはそっちのけ。儲かりさえばよいという考えが優先する資本主義社会は日本も韓国も一緒だ。結局問題を起こして国民に知れ渡ったことで国が乗り出して解決のポーズを取らなければ収拾がつかない。ただ労働者と組合の関係は日本ではいびつになっている。連合の総会に自民党総裁が駆けつけたり、逆もあったりで、ハテナ?本当に、労働者の立場に立ってくれるのかは疑問でもある。原発稼働容認を暗に(国民にそれがホントに良いのかも考えず)支持する労働組合もあって複雑だ。自分達の暮らしさえ良ければ、首をつなげようとする意識は分かるが、それは労働者や国民の立場とは矛盾するようなところもある。・・話は何処までも外れてしまったが、朴先生の奥さんは原田正純先生の著書の韓国語訳の本を出されている。その題名は何だったかすっかり忘れている。朴先生関連記事(いつでも元気2006年1月号)  つづく
2023/10/07土    今日の奇跡の柚子の実は25個を数えた。日々この数が変わるのが不思議、毎日が視力検査だ。助っ人のブルベリーは既に実はないので、自力の視力だから、さらに個数カウントは不安定となる。ブルーベリーの後釜の栗の実取りは既に終わったかに見えたが、まだ落ちて居る。何度も見直したつもりなのに、大きな栗の実がよこたわっている。それを拾い集めて洗う。浮かんでくるのは不良品で、捨てる。裏山の栗の下に行ってじっと栗が落ちてないかとみてたら何か黒斑点混じりの紐状物体が・・動いた・・蛇さんらしく、奴も栗拾いかカエル探しのようで、青くなって、慌てて離れた。//猫のハナは昼寝を伸ばしてまだランランとした瞳でうろうろしている。それで、二階に上がって無線を聞きながら睡眠へ誘導中。午後はコンテストに出れるだろうか?、睡眠不足の目をショボショボさせている。結局OCコンテストは今日は26局と交信。フィリピン、インドネシア、オーストラリア中心、ニューカレドニア島も出来たが、PM7時に止め、明日15時迄暇があれば、10局出来れば万歳!だ。明日、明後日は雨で寒いかもしれないぞ。  朴賢緒先生の思いで>(3)
今夜、山小屋の図書室で朴先生のFAX(3月24日12:01分)のを見つけた。1999年5月の源進緑色病院の開院前の慌ただしい頃の様子を中心に綴られていた。びっしり書かれているFAXは感熱式なので文字が消えかかっているのもあるが、巻紙のような長い文書を日本語で書かれている。
 当時、源進財団理事長で中心になって医療構想をまとめられていた。眺めていると、いろいろ思い返した。先生の情報の豊富さには舌を巻く。原田正純先生の情報もあって、朴先生来熊の時は必ず面会され、私が連絡役をして緊張した。会われたら、それぞれの近著を交換されていた。「原田先生は、20日熊本大学の退任記念講演があるとのこと。また30日には熊本学園大学社会福祉学科教授に転任とのこと」など熊本の人間より韓国の先生の方に情報が集まっていて不思議と思ったりする。FAXの中心は、新しい源進病院を作る内容(これまでの黒字医院を病院に統一し、産災の研究室を設けるなど)をこんな構想で理事長として頑張っておられることを知らせて呉れていた。この病院のあとに出来た最新の緑色病院開院式に行ったときは玄関に豚の頭が置いてあってお祈りをしたのには驚いた。(日韓を結んだCS2中毒症の詳細は「隠された職業病」を読んでください。) つづく
 2023/10/06金    晴天になった。時々珍しい雲が通り過ぎる。あとは真っ青。秋晴れの山はもう涼しい。ハナも3時過ぎには昼寝をやめてしまった。裏の栗は既に落下終了、表の栗は時々、忘れた頃に降ってくる。・・もうないといいながらも栗の木の下をお遍路さんみたいにまわる。麦わら帽子、長靴姿に、手には金火箸。ご主人様に頼む一回分の渋皮煮。面倒くさいとまたいうだろうなあ。・・今日は隣町から客二人。明日は雨だろうと、送って散歩へ。段々空には雲が張り出してきた。天気予報通りかな。室温23度の俵山裾野も秋になってしまった。もうあとは厚着をする冬が近い。来月末は紅葉となる。その頃、庭では焼き芋サロンを開催する。目下材料は実家に植えているが、大きくなっただろうか?掘り起こすのが楽しみになってきた。実は山小屋の庭にも雑草の中幾つか植えているが、猪さんが気づくのが早いか、人間様の収穫が早いか掛けの状況。明日は雨は嫌だなあ。OCDX^contestはSWRが上がるだろうなあ。  朴賢緒先生の思いで>(2)
セマウル号でソウル入り.
。八代のCS2被害者の桑原は小型カメラのファインダーを覗き、車窓の風景を撮っていた。黄色く実のった稲の黄色い隊列・・宮部はじっと外を眺めていた。支援者の岡田は話しに夢中だ。その近くに小高い丘があり、松の木があったり、小さな家があって、細長い畦道が山の麓で消えていた。既に刈られた田圃には稲が積み立てれている。多くは手刈りである。我々の世代に共通のかての郷愁を誘う。家の屋根は青や赤、そして囲いのある家が目立つ。都市に近づくにつれて、アパートの名前が入った大きなビルが幾つもいくつもそびえ立つ。こんな風景は世界いたるところでみられる。線路の近くでは一本の大きな木を囲んで子どもらは、日暮れまで遊んでいるのをみながら前を見ると やがて1200万人の暮らす大都会ソウルが近い、近づくにつれ空の色が段々黒ずんできた。進行方向は今にも雨が降りそうな真っ黒い雲のようなガスが現れ、その中に我々は突入する。まるで換気の悪いCS2の工場現場へ突入するような気持ちになる。(1993年の訪問時) 30年前のことだ。つづく
 2023/10/05木   今日は朝はどんよりと曇り写真は夕方のもの。天明新川のびっしりと生えた水草が気になった。昼から雨になるか覚悟してたのが逆になった。午後になって空は青空に。ご主人様と秋の空は分からない。まあいいや。明日からは山小屋だ。//  先日の大阪地裁での水俣病訴訟判決について本日チッソが不服として控訴した。判決では提訴の全員を水俣病として認め、損害賠償を払えと言い渡したが・・大阪高裁へ控訴した。国と県は11日期限までに控訴するか決めるという。この裁判長は水俣現地で実地検証を行ったという。なかなか出来ないこと。口頭弁論と文書判断だけで判決を書くサラリーマン裁判官の多い中であっぱれである。水俣病はチッソの百間排水路から流れ出た水銀が海をを汚染したことが始まりだった。その海の魚は広く不知火海を泳ぎ回っていて、患者発生を地域限定には出来ない。そこが今回の争点だったし、生まれた年月なんて水銀がまだまだ存在している海の魚を食べたから様々な被害を訴えてもおかしくないのを認定条件にそぐわないと限定してきた。そこを突破する判決だ。だが極悪の肩を持つ国県も黙って判決には従わないだろと思う。//図書館へ本を返しに行ってきた。  水俣病は水環境汚染だったが、二硫化炭素中毒は職場の境汚染(=製造工程でCS2が充満)から生じたもの。換気不十分で熊本・八代の興国人絹の中で起こされた労災である。他の工場(京都・ユニチカレーヨン宇治工場など)CS2を扱う工場は16箇所、八代以外でも多数の犠牲者が出た。
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 <朴賢緒先生の思いで>(1)   朴先生は韓国 漢陽大学の歴史の元教授。ソウル大学史学科を出て、その専門は「日本の朝鮮支配の時代」周辺。 先生自ら日本の統治下に生まれ日本語を強制されて少年時代を過ごされた。WonjinレーヨンのCS2被害者の闘いの先頭に立たれた。このレーヨン工場のレーヨン製造機器は日本の中古機器で”この機器でCS2中毒が日本の労働者の間でで起こって被害者が出ていること”を隠して転売されたものである。八代と韓国の被害者同士の交流を私たち熊本AALAが支えた。当時の記録を少しずつ、この日記に残してゆこうと思う。労働者に酷いことをやってしまったあとの日韓の企業の責任の取り方も全く違う。労働争議では解決しないなら「88年ソウルオリンピックをつぶす」ぞという強行姿勢で臨んでいた。日本では既に廃れた組合と家族、支援者のスクラムで、徐々に解決の糸口を見いだしていった。 (続く)
2013/10/04水    少し風が強い一日。南方の台風のせいだろうか。今日はのんびり、ゴロンゴロン、猫も安心して窓辺で寝転んでいる。時々顔を見合わせる。外ではキャンキャンと隣の小心者の子犬が叫んでいる。その音にもびくともせず目を閉じていr。やがて夕刻4時半にもなる。昨夜は『スィッチを押すとき』を読み終えた。今日は『モーニングサービス』を読み終える。毎日が不調だ。//あちらこちらが不調。目に頭に顔に歯に腹、正常なところろ見当たらず。このまま私は朽ちてゆくのだろう。この猫ハナを残して,そう思うと猫の寝顔が愛しい。野良に戻ってもちゃんと生活出来るのだろうか・一緒の生活4年目になrか・・その親猫は時々ご飯を貰いにくるが段々痩せてきた。年のせいもあるが、人に追われ、ヤクザな虐め猫に追われて、毎日がストレス一杯の猫生だろう。人の善意にすがって見知らぬ人間に餌をねだること、そんなことが人見知り猫のハナに出来る訳はない。さてさてどうしたものか。一緒に暮らす一日一日がとても大切だ。  山田悠介著『スィッチを押すとき』、作者は1980年生まれと若い。2030年代と時代を先取りしているが内容はアナログ時代のような描写。SFとは違うし、国家による人権侵害そのもの。ちょっと暗い気持ちにさせる物語。一方 三田完著の『モーニングサービス』は東京の喫茶店<カサブランカ>を中心の人間模様を描く。中でもLGBTにも焦点を当ててあり、現在進行形で様々な過去を持つ市民の日常の暮らしが気負い無く楽しく描かれている。読むのが楽しい。作者は1956年生まれ。Xipociの時代とさほど価値観も変わらない。誰かが誰かを気にする話だ。こちらがXipociに合うかな。
2023/10/03火    室温25度、外気温は23度くらいだろか、朝ごはんを準備するとき水道水が生温い。明らかに秋の水。「春の水とは濡れてゐるみずのこと」と櫂はいったが、「秋の水とは地熱で膨らんだみずのこと」とXipoci、くだらないこと書きながら今日やらべきことを、傍らの無線機のノイズを聞きながら考えている。『モーニングサービス』三田完著にある都会にある古い喫茶店の描写での・・モーニングは7時~11時迄の限定で、美味しいトースト、ゆで卵、それにサラダで500円・・さすらいのモーニンガー(喫茶店を流離い日々店を点々とかえr朝食あらし)大阪でも水俣でも独身時代の朝の楽しみをfと思い出す。美味しい珈琲を口に持っていきながら、店にある朝刊を隅々眺めるのが大好きだった。あれから40年。今朝はそんな朝食(トースト、珈琲、柿いりの野菜サラダ)を作ってみた。濃いめの珈琲もまた美味い。生ゴミを出しに行った帰りにみた黄色い薔薇が綺麗だった。家ではご主人様が菊芋を切っており、すっかりエレメントより上に伸びた茎で営業妨害されていた我がGPアンテナ(CP6S)が復活しそうだ。   世の中,間違っているというようなことばかり。貧困で多くの人が困っていると言うのに米国から武器を輸入したり、軍需産業の代弁をして武器展示会で武器輸出を促進したり、命を守る立場でなく人を殺す立場優先がありあり見える。航空管制が米国の下にいまだにある独立国という偽装。米国の肝いりの統一教会に国会議員が協力したり、庶民から巻き上げた何千億のお金が韓国に貢がれていたり・・これが正常な国なのだろうか??よく日本人はそんな議員を選んで平気でいられるものだ。沖縄だって民意が反映されることはない。辺野古に基地は要らないというのに最高裁が沖縄県民の意志を無視してしまって、なんと愚かなものか。(沖縄の基地問題のことをデニー知事は国連人権委員会に出掛けて現状を1分内の持ち時間で訴えていたが・・国の代表は同じ席で反論)、最近、良かったのは水俣病裁判の大阪での判決は画期的で全員をMDと認めたこと。きっと裁判官は左遷覚悟での判決だったのだろう。上級審へ控訴されたら逆転される恐れもあるが、勇気ある判決を出す裁判官もたまにはいるものだ。既に三権分立は存在しない中、あちこちで正しい判決が起こるとよいのだが・・なかなか無理だろうなあ。国や資本家、米国の意向を忖度し続けるのかな。。
 2023/10/02月   今日は晴天、予定がないといことで、小川の草刈りに草刈り機のガソリンと替え刃を購入のために城南のナフコへ寄り道。支払時に要求されたポイントカードを探すがなかなか出てこない、私の後ろには重い荷物をもったおじさんが居て、待たせたら申し訳ないと思い「見つからないのでよいです」と断って車に帰って調べるtカードとカードの間に紛れ込んでいた。これからはポイントカードを車の中で準備して店に入らねばと逆順の我が行動を反省して、小川へ出発したのであった。あの34ポイントは残念だったなあと悔やみながら・・でも忘れっぽいし気持ちが長続きしないのできっと再び同じことをしているのではなかろうか。実家に到着したら、先日不知火の義兄が不審者が入らないようにと、庭の木を全て根元から切ってあったのにはビックリ!、惜しかったのは私と同類のボケの木まですっかり倒されていたのは残念だった。綺麗な花はもう見られないのかな。根元から再び生えてくるのに期待しよう。   今回も真新しい剪定枝が唐芋畑に投げ込まれていたので・・怒り心頭!!唐芋の葉っぱが枝の下で喘いでいた。・・どうしたらよいかと、家の中の品を組み合わせて警告板を作った。それを投棄された枝の中に入れて様子を観ていたら帰る間際に,ご近所さんがすんませんでしたと・・早速の効果有り。これで暫くは大丈夫だろう。 草刈りはざっと済ませたが、唐芋畑の草むしりは相変わらず捗らず。夕方5時半になったので、描きちぎりをして帰る。柿は1/3程しか取れず、取っても食べる人が居ないので、ご主人様が明日の会議に持参して分けてあげるといいなあと思いながら、帰路を急ぐ、6時半頃には、あっという間に辺りは真っ暗になった。帰宅したらハナの出迎えがあって、疲れも吹っ飛んだ。
 2023/10/01日 いよいよ10月1日になってしまった。 KSNだよりも10月号は記事の内容はどうあれ何とか間に合った。校正して貰っていた結果がアーカイブへ上げたあとで来て夜中に修正して最アップ、今日もおかしな場所を訂正して再々アップも。あとの手間がかかること。モー月末と月初めは大変だ!。天気はどうかなと朝から心配していたが孫遠方より来る。雨でないならバーベキューしか思いつかない。勝手に自分達でやってくれるものと思っていたが、ふーふー、酸欠状態になりながら、炭火をたきつける。高齢者には苦労のバーベキュー。息もたえだえ。うちわでも使えばよいのにね。探すのが面倒だから、口でふーフー、ちょっと気が遠くなりかけた。これで昇天してなるものかと、なんとかこの世に踏ん張っていた。  、暗くなる前に スイッチを押す。いろんなことに用心深くなった。人見知り猫には昨晩から、怖い人が来るから昼間は見つからない場所で寝とりなっせと言い聞かせていた。いつもは11時頃には2Fリビングの椅子の裏で熟睡を始めるのだが、今日は何故が落ち着かず、12時にはBBQ食器など準備中の1Fの私たちの顔を眺めに何度も来る。「そろそろ来るから」と言ってベッドまで連れていって私も寝るふりをしたら、そのままベッドの下へ。そこへ車の止まる音と共に嵐のような孫一家がやってきた。言いつけ守って孫が居る間中。身を隠す忠猫ハナであった。一家が帰ったことを確認して首の鈴音を鳴らして16時過ぎに起きてきた。よくしたものだ。
 2023/09/30土   昨夜は中秋の名月・・KSNハム同好会のオンラインZOOMミーティングを終えて暗闇の森の中を見るとおぼろ月夜。市内では綺麗に見えたらしい。時間が過ぎるのが早い、もう今日で9月も終わる。あと3時間で10月だ。KSNだより10月号をアップし告知しなければならない時間となった。そろそろやっちゃうか。TVでは寅さんも終わる。相変わらずだが時々観てしまう。
 猫のハナは山小屋のリビングで自分の場所と思っている椅子がある。ここに座りたくて、もし人間がいるとうろうろしている。気づいてそこをどくとさっさとその場所へごろりと占領する。このハナと一緒の毎日は楽しい。
  今日は少し涼しい夜になった。風邪ひかないようにしよう。10月はいよいよ忙しい。体調に気をつけなければ予定が立たなくなる。文化祭もそのプレオンライン文化祭も設定したので手は抜けない。それと月末のスライド作り資料集めもある。
 Windows10のパソコン全て22H2のバージョンアップを急がないといけない。それにしても時間がかかる。W10の他にはWindows11は兄からのお下がりがある。これで寝床で仕事をすることもあるが、画面が小さくて、なかなか目が慣れない。せめてWPでのHP作りがさっさとできればよいが、キーボード関係も小さく、ブルートゥースのキーボードが欲しくなった。明日は八代から孫らが来るらしい。外へBBQ台を用意するだけでよいだろう。・・凶暴なギャングが居るあいだは猫のハナの居場所が心配になるが、何処かに隠れて爆睡してるだろう。
2023/09/29金    実りの秋。実らないのは人間世界ばかり。猛暑のおかげで、森の中では毒キノコが増えているというニュースも。でも栗はちゃんといつもの栗で毒栗ではないので大丈夫。山道では一向に成長しない小ぶりのアケビが兄弟揃ってブラブラしていた。中身はちょっとは甘くなっているのだろうか。このアケビの効用としては美容によいそうだ。それにカリウムが多くて筋肉に欠かせないという。ナトリウムを排出する作用があって高血圧に効果ともある、ホントかいな?、・・栗拾いでは一度通ったあとにコロリと転んでいることも。ふと歩いてきたあとを振り返ると底にも栗色した栗がコロリと寝転んでいた。それで別の栗の木の栗拾いして数十分後再びやってくると、数個パラパラ目に入る。奇跡の柚子の木も健在。・・ ゆず二十 数える都度に 数変わる ブルベリー口に また数かぞえ (短歌にしてみた)・・見方によって葉っぱか柚子かちょっと怪しい。柚子の木の近くにたまたまブルベリーの木があって季節外れに一粒なっていて、口に入れて数え直ししたのだった。  秋といえば台風なのに今年は少なすぎるという。暑い秋だから、どんどん発生すると思うのだが、台風も暑いのは嫌なのか? 9月台風13号1個しか発生していない。(いつもは五個くらい)・・アジアからのミンスーンと太平洋からの暴風雨の力が弱かったそうで、今後11月にかけていっぱい台風ができるらしい予想をTV[はいい、既に一個台風の卵(熱帯低気圧)が発生しているそうだ。大谷の44号には負けるだろうけど。まあ秋も大変だ!!。ところで栗拾いに裏山散策で汗をかいて家にはいるともう暑くて、すててこ一枚になって、ハナを抱っこ、閉店間際だったので、そのまあ猫を抱っこして外へ出てしまったら、そこに自転車のおじさんが。」ぎゃあしまった!看板をみて探索中とか、どうぞどうぞとステテコXipoci案内するも、”いえいえ、この先から下へいくので”と断られたのでした。そりゃあステテコ姿のギャラリーのマスターなんて(^o^)トホホ、人見知り猫ハナは大騒ぎして我が手をかきむしるし、”すんません人見知りなので”、と大慌てで2Fへ逃げ帰る失態も。(^^;)
2023/09/28木    明日は中秋の名月とか。今日は朝は歯科へ。午後はブログ講習会で3時迄KSN本部へ。、そのあと久しぶりにコストコへ出掛けてみた。つい買いすぎた
。大きなパンは誰が食べるのなんて思いなが、肉やソーセージなど計画もなく買い込んでしまった。やっちまったなあ。最初は愛猫ハナのチュールが無くて、餌をやる度に私の顔をじっとのぞき込む。チュールはないの・・ってテレパシーでハナの思いが届いてしまい・・じゃあ買って帰ろうかということでやってきたのだった。主目的はさておいて、大きな袋のポテトチップスやら大きな袋のインスタント(しじみの)味噌汁まで。あんな大きな倉庫ではXipociは思わぬ買い物に狂わせられる。(^^;)一人で行くのはよくない。誰かブレーキ役が居ないと大変だ!
  コストコから帰宅後、歩数を確認すると3300歩、ちょっと足らないので、田んぼ道へ散歩へ出た。段々日暮れが早くなる。木部公園のブランコを31回揺らせて帰る、その我が屋への帰路に見知らぬ花が咲いていて、googleレンズで調べてみたら、トウワタと出てくる。初めてみるような花だ。キョウチクトウ科、南アフリカ原産というが、誰がこの道沿いに植えたのだろう。寒さに弱い1年草というので一期一会だろう。汗をかいたので、家に戻って冷たいビールをキューっと一杯。夕暮れを観ながらテキトーに黄昏れながら良い気分になって暗闇を迎える。すると階下より「ご飯よー」の声。こんな幸せな夕刻のような時間ひゃいつまで続くだろうか?明日は猫同伴で山行きだ。
 2023/09/27水   相変わらず夏が戻ってきたみたいな9月も終わる頃の暑い日・・部屋の温度も32度になった。午前中KSNの執行委員会がオンラインであった。なかなか展望が見いだせない話に終わった。25年ともなると古い会員は80代に、名簿では100歳代もあって病気も自然消滅あって現状維持がやっとで事務局は苦労されている。それでも来月10月31日は25周年記念行事兼新入会員歓迎会もある。その中でKSN25年を動画など使ってまとめてくれという依頼があったが、10月は文化祭とちょっと重なっていていつもより忙しくなる、//市政だよりにあったガスの支援金をオンラインで申しこんだ。これはKSNメーリングにも投稿して皆さんにお知らせした。庭にはメジストセージ// 宝石と人の名前をくっつけたような植物だ。メキシコや中央アメリカ原産の紫蘇科のハーブ。もしかして花をお湯に浸せばハーブーティになるのかな?  <最近のいらだち> 39年間診療放射線技師として給料を貰い生活してきた。希釈概念も習ってきたが、原発事故の汚染水の問題では原子炉の内の核デブリに触れた水をALPSを通したと言っても排除仕切れない核種もぞろり、名ばかり処理水のことは憂慮しきっている。世界に後ろ指をさされても改善(固形化して海に流さないとか)方法はあるのに、それを認めない。努力しない日本のやり方に少し呆れる。さらに私は処理水同様に名ばかり社会福祉士で四捨五入で30年。国民の安全な暮らしを守ることの根本にはちゃんとした裏付けが必要。防衛費ばかり増やすのではなく外交優先にしないと。・・他国からなめられないよう武装する考えが幼く危うい。平和を守ること=憲法9条を守らずに安保3文書やら抑止力とか。国の内側に矛盾があふれている。憲法の基本が守れないなら憲法25条も13条も何も守れない。マスコミは政府の大本営発表を延々と流し続けている。いつからこの国は変わったのだろう。アメリカのシッポのような国に。//明日は歯科受診だ。
2023/09/26火    今日は久しぶりの診察日、いつもは飲み忘れる(ホントは飲まない)薬をちゃんと飲み。絶食で病院に到着、看護師さんから、今日は何も口にしてない?薬も飲んでないと問われて・・そりゃあ(病人の義務だからと)薬はちゃんと飲みましたよって胸を張って応えたのだが・・それじゃあ検査は出来ないと残念がられる。いつもは言いつけを守らないで朝は一切薬は飲んでいないはずなのに・・よりによって帳尻あわせに真面目に飲んだのがいけなかった。そんな訳で正式にあと3ヶ月後の検査になった。また絶食なんて言われてたじろいだ。それならそうと絶食に薬は飲まないでと前回指示して呉れなきゃあ分からない。それで諸悪の根源だったその薬の処方箋を貰うだけの診察日になった、おまけに次回はABIとか頭頸部エコーまで余計にくっついてきた。気晴らしにと・・帰り道は無線のクマデンによって中古機器やアンテナを物色したが何も目新しいモノなし。店員のNさんが阿蘇に引っ越したと話しかけて来られた、毎日阿蘇・米塚近くから36kmほどの(APRS付きの)遠距離通勤だそうだ。   我が家に11時過ぎに帰宅。まだ朝顔が店じまいしておらず、薄ピンクの花びらが爽やかな雰囲気で雲の下にあった。昼飯を食べたら、横になる。そのベッド下には夜警明けの猫のハナが熟睡していた。一方鼻の下の長い人間は最近、熟睡気分を一度も経験しない。それに楽しい夢をみることが全く無くなった。トイレに何度か起きてしまうし、足がつることも多い。痛いので起き上がって歩いたりしてもしばらくは回復しない。水俣病検診の問診で聞いていた こむら返り、しびれなどの症状と似たものだろうか。歳のせいにしてもよいのだろうか。夏や秋はよいが寒くなると再び布団に入っても足が冷たくて寝入ることが難しくなる。また冬至の先の来年の夏至の頃が希望になるのかな。足がつる原因にはカリウム不足が書かれているが・・私に当てはまらない。・・私は逆に摂ってはいけないものだ。で、カリウムを含む食べ物はバナナ、じゃがいも、サーモン、アボガド、スィートポテトなどが検索で出てくる。過剰摂取は疲労感、心臓や腎臓の異常などいろんなものの誘因になるという。何でもXipociのモットーである「テキトーが一番」かな。
2023/09/25月    昨日の山小屋からの帰り道の益城の彼岸花の小径。秋晴れの夕方は気持ち良い風が吹き抜けていった。ついでに・・今年も遺影撮影の彼岸花の頃。この先を歩いて行くと天国があるのかもしれない。でもまだまだ食べてない美味しいものが地上にあるといえば、おいでおいでに乗ってはいけない。まだまだ知らない世界が残っているのだ。ヘン顔で暮らしてきたこの世だけど、もう少し置いてくれよと神に願いを。
今日は曇り空がほとんどを占めている、。雨は降りそうもないが、なんとなく夏にもどったような気温で室温31度に変わった。涼しかったり暑かったりの9月の終わり、KSNだより10月号を何とか急がないと間に合わない。
  何かヒントがないものかと共同組織学習会(オンライン)に音を聞くだけに参加した。講師は水俣のNPO勤務のMさん(元同僚)のなかなか迫力ある話を久しぶりに聞いた。米国からの旅人は、まだ水俣で取材か湯治(ゆとうじ)が続いているらしく羨ましい。動けるうちに私も何処かに旅をしてみたい。出来れば北米と南米。北海道か四国。行ってない大陸と島だ。きっと知らないうまい食べ物が待っていると思うのだ。だが人見知りの愛猫ハナの預け先がなくてちょっと無理かな。//F先生、ずっと掘り下げて研究されているのは凄い。人生は研究かも。私は何だろう??未だに僕って何?と言ってる古希間近爺の戯言 読み流しを。
2023/09/24日    栗拾い爺さんで一日が終わった。あっと言う間の秋のさわやかな空気に包まれて過ごす日向の日曜日も終わる。今週の成果は栗取り三昧。夕刻はヤブ蚊に食われたが、今日は早朝から爽やかな風も吹いて涼しく過ごせた。裏山をあるいても秋の空が真っ青で気持ち良い。昨晩は夜中にふとメールが気になって、夜中1時に起きてメールの返信、偉い先生なので、言葉に間違いがないかを確認の上に送信した。いつもはKSNメーリングは文字の変換間違いばかりでもどうせ読み人も居ないだろうからと、恥ずかしげも無く送信。今回はそうやってはいけないと何度も見直して2:16AMに送信。疲れてまたベッドへ行って眠ろうとすると雑念が湧いて眠れない。あれは1987年のことだった。私も若かった、あれから36年。   今日は何気なく6千歩。と普通より歩数多い。裏山歩きに栗拾い、午後6時頃の帰り道には、益城の津森にある川沿いの彼岸花見物などで歩数を稼いだようだ。その彼岸花は、まだまだ半分ほどの開き具合で来週が見頃かな。たまには寄り道も楽しい。そうやって山から我が家への帰宅時間の間に陽は沈んでしまう。彼岸の日以降は段々日没が早くなって、ちょっと気持ちが暗くなる。
 歩くための安全な方法という内容の画像を見た//一日1万歩以上はは駄目で逆効果とのこと。週に1回か2回、8000歩を歩けば、4回5回の人と同様の効果があって健康寿命によいというFacebookからのリンク先のyoutubeを観ての受け売りを書いておこう。・・Cloudで保存しているPPTの相談;もしネット環境がないところではデータは取り出せるのか??oneDrive へ書き込みは出来るのか??当然出来ないのではと思ったが どうだろう?
 2023/09/23土秋分の日   裏山の山道にぬめるとまだ夏が息をしていた。暑いとどうも上り坂を中途で引き返す。登っても汗をかくだけのこと、下り道はほの暗い林の小径だ。春は野苺、冬は冬苺がいっぱり実をつける。今日は秋分の日、お客様もなく、朝イチに栗拾いして、風が吹いたからと言って夕方にも栗拾いをする。午後4時になると山は夕刻の呉れ暮れた色で日が照っても黄昏の感触だ。思い切ってシャワーを浴びて、温かい珈琲を呑みながらweb日記を書いている。決して本震ではないし正直でもないのがweb日誌。だからといってウソは書かないし、まあ面倒くさい日記ろいえば そんなものだ。震災からずっと書いているからもうくせになっている。読者があろうとなかろうと好きなことを綴れる場があるということはよいことだ。昨晩のKSNハム同好会では「退職後人と喋る機会がない」という方あり、同世代で顔を見ながら、好きなことを喋る時間が週1回あるということは精神的にもよいことだろう。・・そして私には書くと言う場がここにあるののが落ち着く場所かも。   山小屋のバットオースチンが咲いた。送り主は新聞を見る限り元気のよう。それで安心はしているがもう一人の昔からの友人のKくんのHPがずっと変わらないのが気に掛かる。入院し退院したというメールのやり取りが最後で、まず彼のHPが変わっていたら元気という安否確認が以前のようにできない。頼りのなのがよい頼りでよいのだろうか。まあ心配しても屁の突っ張りにもならない私だから、きっと頼りもしてくれないし。便りも来ないのだろうと時々はひねくれる。古希という節目は、どうも古い過去や古い友人を思ってしまう。なんともなければそれでよい。どんなに偉くても年長であろうとも家族に囲まれて居ようとも、それにあぐらをかいて目の前のことしか見えていない状況はいけない。緻密に思い描きながら到着点(あるいは終着点)を目指すべきだろう。・・と中途半端なXipociが書くとなんじゃこりゃと無視されるのだろう。まあweb日記(日誌)とはそんなものだ。今日の奇跡の柚子の実=カウント最高23個也。
2023/09/22金    今日は朝から生ゴミを出して、山行き。山に着いたら早速のお客様の予約あって30分後の到着ということで時間が無いなか、なんとかせっせと間に合った。その時我が家の猫のハナは油断していて、お客様の顔を見て2階への階段へまっしぐらに駆け上がった。その後は瞬間湯沸かし器の実力テストみたいな金曜日だった。暇をみて裏山の栗拾い。今日も沢山取れたので、お客様のお土産にした。3時過ぎて雨が降り始めて大慌てで家中の窓を閉めにまわった。締めてしまったら雨はやんだ。裏山先の盛り土工事は雨で今日は中止だろうか。重機の音が消えた。//山の菊芋も花が咲いた。南区、小川の菊芋に比べて西原の森の菊芋の花が一番大きく綺麗である。V型アンテナの近くに咲いた。手前には彼岸花が咲いて秋の入り口に相応しい。これから栗のシーズンを終えたら、やがて近所の萌の里のコスモス畑が満開になる。着々と季節は進んでゆく   ・・ということを考えるとKSNだより10月号をそろそろ手をつけないと、もう来週の土曜日が最終日だ。何か面白い話題はないだろうか? FACEBOOOKで水俣市議会でALPS処理水のことを汚染水と言ったと大もめ、議会で発言が削除されたことが新聞にそのまま載っている。このことを取り上げてあったので 私はこんな投稿をした。「原発事故のalps処理後の水は結局は汚染水で間違い無いと思っています。もし何ら問題ない水ならよいのですが明らかにトリチウムを含む微量であっても他の半減期の長い核種を含む汚染水に変わりないのでは。漁業者への救いはこの汚染水放出を直ちに止めることと思います。世界共通の海に放出しない方法をもっと探るべきと思います。言葉を変えても一緒のことじゃないでしょうか。」と。マスコミも議会の上の発言をただ客観者としてとりあげているだけで・・中立を保っているという立場のつもりだろうか・・
2023/09/21木    菊芋の花が咲く季節・・植えた頃はまだ寒かったのだが、もう根元に実がみのっているはず。あれから何ヶ月だろう・・悶々と思うだけで何も進まず。あっという間に冬が近くなってきた。//今朝は歯医者さんで歯の検査と型取り。来週あと1回行けば終了。行きの車窓には雨が降っていたが、到着の頃は雨も止んでいた。明日からはまた山行きで天気がまた心配になる。雨が降ったので少し気温が下がって、といても29度だが、山は2,3度低いのでそろそろ長袖を引っ張り出さないと、また鼻水ゾロゾロになってしまう。//
午前中から雷の音に怖がって狭い空間に逃げ込んでいた猫のハナ。雷さんが去ったらのんびりと床でごろりごろり。人間も真似たくなる。// 本日は1ドル148円半ばとニュースは言う。アメリカの金利、今回は押さえたがまた金利上げると予想されて。円を売ってドル買いということで円がまた下がっているらしく、1ドル150円も目前だ。昔は1ドル90~100円とかで大喜びしたのに・・海外旅行へいくとなると大変だ。
 ドルが上がることでガソリンも、色んな輸入物、特に食品類などが続々値上げされる。Amazonプライム会員費用も値上げされる。外国は賃金が上がっているから値上げされても暮らしていけるが、日本は賃金が上がるのは大企業ばかり、年金がぐんぐんあがると購買力もあがるが下がるばかり。投資で稼ぐ人以外は、大変な暮らしが、この先待っているかも。国内で暮らすばかりの庶民にとって円安は打撃ばかりである。海外旅行にそろそろ出たいけど無理かな。
 海外旅行と言えば 最近TVで「シルクロード」を特集していた番組を観た、私が行ったことのある町がいくつか登場していた。西の果てトルコのイスタンブールを出発してからの旅の風景では エフェソスやカッパドキアがあった。これは妻と行った旅だ。それから先の旧ソ連領土でウズベキスタンのサマルカンドなど中央アジア・・これは私が20代の最初の旅だった。そして終点の西安は職場の友と出掛けたものだった。画像を見ると断片的に思い出すことがある。中央アジアのバザールで果物を買ったことやら、西安では碑林へ出掛け、そこで手に入れた拓本の1枚が我が部屋にある。歩けば”知”となり肉となり。
 2023/09/20水   今日は午後から小川の唐芋の草取りに行ってきた。伸びすぎた草が生長を邪魔するのでどうなっているかと思いながら・・途中で健康アプリで(当選)獲得した幸運でセブンイレブンにてルイボスティ600mlをバーコードを見せて貰った。初めてルイボスティーという名前の飲み物・・原産地は南アフリカというので検索で調べると「針葉樹様の葉を持ち、落葉するときに葉は赤褐色になる。南アフリカ共和国は西ケープ州ケープタウンの北に広がるセダルバーグ山脈一帯にのみ自生する。」というマグネシウムが豊富みたいだ。・・世界には色んなお茶があるようだ。飲んでみたら、何これ?って感じの味がよく分からないもの。   我が実家の周囲には季節らしく、柿の木の横には彼岸花が増殖していた。寒い頃に嫌々ながらご主人様の命令で植えた菊芋はちゃんと育っていて今、黄色い花も咲いている。そろそろ菊芋の収穫も命令されるのではと鍬で掘り起こす力の無いXipociにとってはまたまた恐怖の命令を恐れている。肝心な唐芋畑にはご近所さんが剪定した枝が辛いもの上に廃棄されていた。枝に付いた葉っぱはまだ青くて最近(この数日だろう)の剪定だろうと想像する。h唐芋の葉っぱが目につかないのだろうか・・他人の土地に平気で不要物が投棄されて迷惑を被る。そんな住民にちょっと腹を立てる。//明日は午前10:30から歯科受診。
2023/09/19火    昨夜は久しぶりに秋のように涼しかったが、昼間になると、また夏になった。今日は相変わら空には入道雲もあって夏の様子。昼間買い物へ近くのスーパーへ出掛け、車から降りるときはムッと暑い空気が入ってきた。もう9月もあと10日。やがて10月になる。その10月22日の文化祭が近づいてきているので、「第12回俵山文化祭」のチラシを作った。天気も味方して台風も来ず、皆さんが森の中に集まってくれるといいなあ。//昼間はWPでホームページを作る勉強会で、前月と同じ7名が集合。当初23名ほどが極端に少数精鋭に・・今月の話はWPのHPで既にある管理者以外で投稿者を新たに作ること。これで複数人でページを投稿出来る。あるいは管理者でなくて投稿専用者であることで、出先からスマートフォンを使っての投稿がやりやすくなる。管理者はいろんな管理画面が見えるが、投稿者の権限では随分シンプルになるので画面が見やすい上に、誤って必要なモノを削除したり、画面全体が変わったりするのを避けることが出来るという学習内容であった。//夕刻の散歩道は夕暮れの普賢岳を観ながら歩く。  
2023/09/18月・・敬老の日    今日は敬老の日で・・先日のアマチュア無線のミーティングで72歳になる東区に住む人が、今年からは敬老の記念品は75歳からになりました(何しろ高齢者が増えすぎた)という通知が来たそうだ。既に2回受け取った経験があり肩透かしを食らったという。今後は75歳までお預けだという発言があって・・プレゼント貰えるまで生きているかなと不安になるが、まあいいさ 熊本市民だったらバス電車の運賃が安くなるからって安心しているとハコ物作りで財政逼迫で、その制度さえ無くなりかねない。せめて老人を大事にしてこればっかりは残してくれよと言いたくなる。まあ深刻な病気にならずに気軽に自立して暮らせる毎日がこれからも続いてくれるとよいのだが・。今朝起きると外は雨降りで昨日から出していた椅子とパラソルを慌てて片付けた。その時ばかり雨が酷くておかげでビショビショになった。それが引き金で鼻水タラタラ、くしゃみも出始めた。ふとしたことで体調不良のスィッチが入ってしまった。朝食後、開店時間まで、ベッドへ引き返して気に入った本を読みながら、だらんとしていたら鼻水は収まった。秋の花粉症の始まりだろうか。春の花粉症から続いているのが正確かも。頭や背中に冷たい水滴がくっ付くと不調スイッチを入れてしまうのだろう、まあそんなこんなで目出度くない祭日「敬老の日」が始まり、庭には秋の花が裂き始めた。  「柚子の木の奇跡」
 我が山小屋に一本の柚の木がある。昨年もその前の年も、その前の前の年も不作だった。両手の指で数えられる数しか実がつかなかった。それでその10という数を越えると一応我が家では豊作ということにした。それで今年も山にきたら毎日カウントしているが、最初の頃は葉っぱより小さい実でゼロかな・・そんなことjはないとしっかり眺めて3個発見とか、ご主人様に報告をしていた。なんだ今年も少ないねと、本人は一緒に数える意志も興味もない。私が柚子を気に入っているのは香り、食べモノに柚子の香りが添えてあると食欲が増す。豊作の時は柚子ジャムを作って、知り合いに分けたこともあるが、この数年そんなことはできない。酒飲みの親類は柚子を楽しみにしている(焼酎のお湯割りに柚子を切って浮かべる)が、なかなか届けられない。・・それで、毎週カウントしていたが、9個、翌週11個となっている実が増えてゆくから奇跡だと思う。で9月18日のカウントは最高16個、二回、三回と数える度に個数が変わるが最低が10個と同じ日でもまた変わる。まるで視力検査のような柚子の実探しだ。それで今年はどうも両手の数で足らず足の指も折り曲げなければならぬほどの豊作と結論づけてよいだろうか。//昼前には陽が照るので朝の雨濡れはなんだったのと我が超能力(先見の明)の未熟さにあきれる。
2023/09/17日   昨夜9時半過ぎ、ベッドでゴロンゴロンして本を読んでいた。隣のベッドで猫のハナは熟睡、そこに突然のドカンという騒音。戦争でも始まったような音に私もハナも飛び起きた。この西原村は空港近くなので花火は飛行機が来ないこの夜中が開始時間である。もしかしたら大津や、菊陽の空港近接の場所はそんな制限があるのだろう。現役時代職場の共催組合のナイターイベントがあって大津の野球グランドで、一時照明を落としての休憩タイムがあったことがある。空港と間違えて飛行機が誘導されないようにとのことだろう?そこはよく分からないが、このド田舎の森の中の花火は、突然静寂を破って始まるものだから、近くの牧場の牛たちも文句を夜空にモーーモー止めてくれよと下の牛小屋からのコーラースが聞こえていた。   朝から親友のハナと開店前の準備。ハナは外が大好きで 南区の我が家では。いつも昼間や夜間は窓辺で暮らす。山は誰も通らないのですぐ飽きて、睡眠が趣味で、どこかで午後5時前まで寝転んで暮らす。起きている時間が数時間ほど。何が楽しみなのだろう。生きていてよかったなんて思うことはあるのかな?・・Xipociこそ生きてよかったって思うことあるのかなってハナの立場でも思って居るかもな。。最近かったって何なあるかなと振り返ってみると・・WPXやALL ASIAN DXコンテストでログを出した人が少なくてローカルエリアで一位だったこと。なんとなく69歳まで生きてきて良かったことって・・旅先で美味しいものを食べたこと、馴染みの皆さんに会えたことくらいかなって。それに何よりハナに会えたことがよかった!!って伝えよう。
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