2025/06/11水

今日はIさんのお参りに元同僚と行ってきた。やはり分かりにくい場所である。二回目なのに、団地内をウロウロ。まあたぶん3年くらいになるかも。前回はZOOMが出来ないのでPCを観に伺ったときだろうか。旦那様に奥様を偲ぶ会開催の案内をしてきた。お出でになるということで安堵した。そうして同じく今宵は水俣のUさんの13回目の命日でオンライン偲ぶ会がはじまろうとしている。既に3名が8時前にアクセスしている。シニア世代の同僚にしては慣れたものである。
結果6名が参加してくれた。水俣時代から三十数年。その先頭に立って頑張ったUさんの話しを聞いて、立体的に少し分かったような感じだ。私は何を言っているのか、分からない口調。まあいつも主体性がない傍観者だったから 中に入るよりモニタの画面をぼんやり眺めるのがお似合いだろうか。偲ぶ会だから逃そんなことは出来ないけど なかなか現れない惜しい人をなくしたという実感の13年目。
Iさん宅出てから帰宅。雨の合間に散歩へ出掛けて時々小雨の中に5000歩達成。帰宅後シャワーを浴び、夕食の準備、炊き込みご飯をつくる。他にしゃけ、貝汁など。
田圃には水もたまり耕作地にはそろそろ稲の苗が植えられる日も近い。山間部では既に田植えが済んだところもある。この梅雨の雨の量で米が豊作になるかもきまるし、あとは台風が来ないことを祈るのが毎年のことだ。人間の力の及ばないところで豊作も不作も決まる。自然にはどうしても勝てない。洪水防ぐダムの発想には無理がある。原発のことだって核の半減期をコントロール出来ない人間がなぜ固執するのか分からないが・・核兵器の材料確保があるのかもしれないと疑えばきりがない。
爺575は”闘いは 放棄したはず 平和憲法” 戦争準備が各地で進んでいる。庶民を守ることは考えにない政治家こそ.不要だろう。



