2025/09/22月

今朝の山小屋は23度Cと寒い。「涼しくならんかな」という言葉にもうチャックしてしまう。暑さ寒さも彼岸まで・・もう夏の暑さが恋しくなるほどだ。風が強いのは遙か南方の台風18号の風が影響しているのだろうか。こんな朝は栗が落ちるぞと、朝食を済ませて麦わら帽子と長靴をはいて森の中へ。思ったほど栗色の栗が落ちてはおらず、やはり棘付きの毬栗がそこかしこに。足で踏みつけ、トングで開き栗を取り出す。
二カ所ある栗の木を順にまわって収穫終了。今日はくまもと健康友の会だよりの表紙でいつもお世話になっている南阿蘇白川水源近くのAさんところに出来た新聞を持参してお礼を言ってくる計画だ。(名ばかり編集長の任務)昼前にいければ帰りは途上でランチ、あるいは弁当を買って帰ってくるかな。・・お礼はこの栗はどうかな?ってふと浮かぶ。でも山栗で小さいし恥ずかしいかな。(^o^)
昔、小川の縁側では 元気な頃の婆さん(我が母)と近所の婆さんが座り込んで。お茶を飲みながら昔話やら世間話をしていたが・・漬物が辛かったのか何度もお茶をくみに往復していたなあ。話は嫁さんの悪口とか、身内の不幸とか、聞き耳を立てるほどの話題はない。毎回同じ会話のようだったが、お茶請けに栗でもあったら栗の話で弾んだだろうか。帰りは ふんならでかしなっせ とか言ってゆるりと歩いて細い路を帰っていかした。ごめん下さいの代わりに「でかしなはったかな」と言うのが挨拶言葉のようだった。遙か30年前の思い出だ。生きていれば今年101歳かな。我が(父)爺さん78で没、婆さん92歳で没・・やっぱり男はどこでも短命だ。働き過ぎかな。
そんな古い思い出を書いて、南阿蘇へご主人様同伴で出発したのが11時。さて行ってみたらAさん在宅されていてよかった。宇土半島一周コースで探したお土産と、我が家の栗をお礼に持参したら、またエビで鯛を釣るように、沖縄の瓜を持たせられた。どうやって食べたらよいかな。それからは久しぶりのミニ旅行、阿蘇火口見物に!・もう何年ぶりの見学だろうか。そこで大変なことが・・・

それが、山小屋に帰宅して火口の湯だまりにちょっと気になるところがあって拡大してみると・・あらまあ人が両手を挙げて!っと個人的に大騒ぎ、あっちこちにLINEでどう見える?と・・はよう管理事務所にしらせないと とかの声も。でもこんな火山のエメラルドグリーン熱湯にじっとしておられるはずもない。H2Sだってわんさか発生しているはずだから・・と昨晩の御嶽山アニメを思い出していた。まさにそれを見物していたのは噴火時死亡大多数が居た500mの範囲はおろか、わずか10m火口近傍での撮影だ。


結局、更に拡大してみると、人に見えたのは四角い岩のようだった。大騒ぎしていたのが馬鹿らしい。・・
今日の地震はトカラ列島は突然8:56以降揺れていない。さらに全国的に地震が少なく珍しい日である。20時までにトカラ列島震度1が2回、茨城沖が震度2が1回、少なくてちょっと怖くなる。
久しぶりに阿蘇路を運転したが、ススキが窓の外で揺れて秋の風景が続いていた。これからのドライブは土日祭日を避けて平日がよい。買い物も待ち時間が少なくてよい。道の駅の弁当は昼を過ぎると殆ど無くなっているので、早めに手にいれたほうがよい。・・と弁当買えなくてハンバーガーを俵山で食べた爺婆の老婆心である。
午後3時に留守番のハナの心配し山小屋に帰宅したが、奴はそんなことに構わずに熟睡していて、5時過ぎにニャアと起きてご飯を催促する。まあ平和でよかった。
爺575は”阿蘇は秋 長袖忘れ 風邪土産” 山頂は19度C、さすがに寒い。我が山小屋も朝は23度C、寝るときは布団がいるような朝夕の冷気が戻ってきた。明日は祭日(秋分の日)でカフェは開店。ハナの母ちゃん(野良猫パンダ)は下界で5日間腹空かしてしているかもなあ。そちらもちょっと心配に。
本日の阿蘇噴火口のyoutube写真はこちら



