読んだ本の記憶
北北東の気になる本
『氷獄』 海堂尊著
「チーム・バチスタの栄光」などで過去にいくつか映画化された海堂尊の書いた作品。
『氷獄』は従来の最先端医療の世界の物語というより、現代医学では治療出来ないホスピスでの緩和ケアを田口医師らの地味な日常を前編におき、会社で不当な扱いを受け、法科大学院で学び直した新人弁護士日高正義のその名前の正義がいつもひっかかり、自問する。彼は、特に検察側の医療への支配的な状況に憂いを感じる人々の中で、彼が国選弁護人を引き受けたことでその憂いに風穴を開けてゆく。
白鳥厚生技官の指図を受け、知らぬ間に司法の憂いに対抗する。医療事故は医師側の問題だけでなく、患者側の突発的な急変でも起こりえる、その全ての責任を医療側に求めれば医療者側は縮小してしまい手を出して救命出来なかったら逮捕され、積極的な医療を萎縮させる動きとなる。
一方、自身で田口に白状した手術中に3人の殺人を行ったという(バチスタスキャンダルの)その重大な告白の裏付けはとれていない。氷室には、一人だけの殺人が立件されただけ。他の2人の立件を「スプリング8」という分析機器を使うと分かると氷室は弁護士の日高に示唆。これを検察側に知らせると自らの死刑が確定するかもしれないことも計算ずく。氷室が仕向けることは検察の正義を取り戻すためか。日高は氷室の意図通りに対峙する検事にそれを伝える。本来なら弁護する相手を貶める行為であって弁護士としては、批判されるべきことなのだが、これが司法に穴を開ける行為につながる。氷室の訴訟を通じて硬直した検察システムのあり方を変えるきっかけになるのだった。それまでの双方のやり取りが面白い。この題名『氷獄』は凍ったままどっちつかずで裁判も始まらない状態だった氷室の風景だろうか。
国選弁護人を断ることで弁護人が決まらないで裁判が進行しないことでの氷室の命乞いかと周りに思わせるが氷室を国選弁護人としたあとの氷室は逆に潔い。
訴訟に併行して医療に関わるえん罪事件が焦点に移り、北海道のある地方病院での出産時の医療事故で担当の産科医が逮捕され、医療が犯罪扱いにされ医師や看護師が投獄される時代、危険領域を専攻する医師の減少など時代背景も投入されている。命を見捨てる医療の正義はどこにあるのか。不正義は医療の萎縮を招く。
近年の司法制度改革にも焦点は置かれ、裁判員裁判や特に法科大学院の発足にも。法科大学院への入学者も当初の1/10という志願者低迷ぶりなどで弁護士になっても仕事にあぶれて大変という話にも。医療と司法の問題をもミックスした小説だ。 KSNだより3月号 2024年度NO12(通算82号)


北北東の気になる本
『あなたの知らないガリバー旅行記』
阿刀田高著
誰でも知っているガリバー旅行記には奇想天外な続きがあった。たぶん皆様は知っていたかもですが、私は知らずにいた。『あなたの知らないガリバー旅行記』に書かれているのは、我々が幼い頃に読んだことのある、小人の島に漂着して、小さな人間にぐるぐる巻きに捕らわれた挿絵の場面の印象が強い。それが阿刀田の解説する内容はちょっと発展的。ガリバーは様々な経験をするのだ、がこの島では、何しろご飯は、人の大きいさと比例し1/12の量のちっこいパンやら、ちょっとしか入らない瓶の葡萄酒やらで、腹いっぱいにならない何個も何度も口に運ばなければならないなど悩みも。宮殿の火事ではその身長をいかしあのホースで鎮火するも、小便で消火とは無礼モノと言われて、その場の再建もぜず遠くの場所に建て直すなどと大騒動も。幸い島民の目を盗んで脱出成功、一旦妻子の居るイギリスへ戻るが旅の虫が疼いて再度旅に出て今度は正反対の巨人(大人)の島に漂着。今度はガリバーが1/12小さくなった。そんな小人のような不思議な体験をする。それにも懲りずさらに3回目の旅先は浮かんだ島というじゃないか。さらにその続きがあるとは私は古希過ぎるまで知らなかった。作者のジョナサン・スウィフトの作品のおさわりの部分しか知らなかったのだ。島国日本も登場するんだって。ガリバーってお医者さんで船乗りっていうのも初耳だ。ネット上には様々な特徴を持った国を訪れたガリバーの話が載っている。(一例↓)
https://amaru.me/story/gullivers-travels/
阿刀田の庶民的かつ猥雑的な感覚の解説もあって、この本読まなかったほうがよかったかなあと後悔もちょっと。 KSNだより2月号 2024年度NO11(通算81号)
北北東の気になる本
『合唱 岬洋介の帰還』
中山七里著
幼稚園に侵入、幼児らを惨殺した犯人仙衛は、逮捕直前に覚せい剤を注射、刑法第39条による無罪判決を狙ったかと世間の噂は広がる。事件検事天生が取り調べ中、気が遠くなった検事の手にはトカレフが。事務官は気分が悪くなって外に出たから、中のことは知らないという。検事による被疑者殺人となる。刑法39条を隠れ蓑にした罪逃れを許さないという正義感という世間では天生検事に応援も。だが検察の面目を保とうと、天生検事に重い処罰をと、裁判を優位にするために次席検事が担当することに。(この中山七里の小説の過去に出てきた人たちが)。友人である天生が逮捕されたと知った岬は世界各地でのピアノコンサートをキャンセルして日本へ一時帰国。かって岬は司法試験を受けトップの成績で合格し、司法修習生時代同期で、天生のよき理解者で司法を捨てピアニストになった岬は唯一勝てそうな悪徳弁護士を探して友の無罪を勝ち取るという物語。実は対する次席検事は岬の父であるという複雑さも。最後の数枚(p)ほどで誰が犯人だったかとそのトリックと背景を裁判で証明する逆転劇。 中山七里の著作にはベートーベンやらショパンやら音楽家の名を冠したタイトルが多いのが、この作品は例外というか その集大成のようなものらしい。 KSNだより1月号 2025年度NO10(通算80号)


北北東の気になる本
『かあちゃん』
重松清著
対向車を避けるためハンドルを切った交通事故で同僚と夫が死亡、運転していたのは夫。それから妻はその同僚の奥さんに詫び続ける。
20年もの歳月墓参りを自分に課し、お見舞い金を毎月送り続ける。それが夫が犯した罪の償いという。(そのことを子は知らない)ただ一つ子どもには償いを求めてくれるなという一心でそれ以降笑うことをやめたかあちゃん。仕合わせを求めることも一切やめた。優しかった母が笑うことや幸せを感じることをやめた。その姿が周囲を変えてゆく。事故から何年も経つたある日、その同僚だった娘の子どもが学校へ行けなくなって引きこもりになった。原因はクラスの仲良しだった子のいじめを強制され従ってしまい、その相手は自殺未遂、そして相手一家は転居した。それで学校へ行けなくなったのだ。
毎月墓参りをする人のことを知った元同僚の妻は、彼女の償う姿勢に思いを知り、そのことを娘と子に伝えた。償う意味を知った子は真剣にいじめた相手のことを考え始め自分も償うことをしなければと思うようになる。自分のやったことを忘れないことが償いなのだ。この物語には様々な母親像が登場する。高齢になって自己中心になった要介護の母のこと。幼いときの優しい母のことなど、成長と共にその母親像が異なってくる。そんな感慨は誰にもあるのだと気づかされる。この本の章ごとに展開される物語。登場人物の周辺固めも周到に準備されている。 いじめが子どもの世界でも大人の世界でもはびこっている。やってしまったことは取り消せない。その先には「忘れない償い」がある。・・誰かの生き方が子どもたちの心の変化にも影響するなら「大人はもっとしっかりしなくては」と、この本から学ぶだろう。 KSNだより12月号 2024年度NO9(通算79号)

『七十歳死亡法案、可決』
垣谷美雨著
この本の内容は映画 PLAN75で観たような高齢者減らしを主眼とした絶望的な物語かと構えて読み始めた。様々な登場人物の抱える課題、直面する心の危機のようなものに焦点が当てられる。「俺が働いて喰わせてやっているんだ」と自負する亭主宝田静夫。その亭主は限られる人生を考え職場を早期退職、友人と世界一周へ。家に残された専業主婦の東洋子、そんな家族と距離を置く高学歴で銀行勤め三年で退職し家に籠もる正樹、その姉桃佳は家を出て一人暮らし。家族それぞれが法案に引き回され、マスコミは「七十歳死亡法案」について賛否の国民の反応を伝える。
「法案の裏取引」が噂され、“ボランティアを優遇、年金を返上、それどころか寄付する行為で法案に該当しなくなる”かもと不確実な情報を高齢者は自分の希望として、これまでのように国を頼ることを改め、国に貢献する生活をすると命存えることができるかもという市井の噂に惑わされる。
夫を旅へ送り出したあと、我が儘な義母の介護を一人引き受けていた東洋子は計画的家出。実母の介護を避ける娘達。財産分与で呼ばれたかと来てみれば、介護の手伝いをさせられるということで、実家に足を向けなくなった。介護の当事者になれば綺麗事ばかりではない。自分の人生の残り時間を熟慮し何が大事かを自分の物差しで考えるようになる。祖母の介護に手を出し始めた正樹は仕方なく閉じ籠もり解消。祖母も自分で出来ることはやろうと変化。普通だったはずの生存の権利が束縛される時代に人はどう行動するのか、それぞれ自ら置かれた状況に焦点をおく。
この法案にも抜け道があって例外規定では「国会議員経験者、大学教授など」生き残りの表規定も存在する。やはりそうかと思わせる。若者と老人対立を煽りながら国に頼るなという目論見だ。
若者は「70歳死亡法案」に多くが賛成し既にその年を超えた人はなんとか生き延びようと裏工作の噂話に頼る。中間層は真面目に仕事を続けるのが馬鹿らしくなって生きている間は楽しまなくちゃと早期退職を選択する。まあ年金廃止と安楽死法のセットだけでもそんな世の中が来るのだろうけど人間は勝手だから、若者、中間、老人それぞれの世代で思うことが違うし変わってゆく。ただ国民全体が、社会保障や税について興味が出てくるのは良いことだろう。
最後には言いだしっぺの馬飼野総理大臣が○○にするという大波乱なのだが、 国が財政危機になったら我々シニアをまずターゲットにする。警戒せよ!仲間達!
(*ネタバラシになるので○○とする) KSNだより11月号 2024年度NO8(通算78号)
北北東の気になる本
『サウスバウンド』
奥田英朗著
過激派だった両親が東京を脱出し沖縄へ、そこでもまたリゾート地開発に絡む場で大きな騒動を起こす。環境破壊やら、国や企業のやり方に真っ向から挑戦。 島の皆から父はアカハチの子孫と崇められその気になって大暴れして逮捕されるが、一騒動のあとは官憲が酒に酔って居る隙にバイパティローマという島めざし父母は船を操縦し島を脱出。残された小学生の二郎と桃子、その面倒を父母の代わりにみる姉の洋子の姿も逞しい。 そのバイパティローマという名の島が、530年前台風で異国船が座礁し難破、異人が上陸、島の神様を祭った御嶽(うたき)を守る司と結ばれた。夢にその子は八重山の救世主になると予言。その後出産した子が目は青く、赤毛でアカマジイと呼ばれ成長してアカハチと呼ばれ、八重山征服を目論んだ首里王府に激しく抵抗。アカハチの乱で命を落とすも、「アカハチは自由を愛した、力を持って人を押さえつけることを許さない。そんな魂が今も南から風を送り続けている」という。アカハチが言ったことは後に首里王府からの重税となったり、その後日本に抑圧されて予想通りの顛末に。小学校で「アカハチの乱」を朗読する二郎たちの声をスピーカーから風に流され付近の家々にも届く。朗読を終えた二郎、父はアカハチの子孫と確信する。 (*この本は本屋大賞を取り、映画化もされたそうです。) KSNだより10月号 2024年度NO7(通算77号)


北北東の気になる本
『黒いサカナ』 保坂祐希著
流通業界に就職して スーパーでの研修に打ち込む里奈、そこへ大学の同窓の出版社勤務(スクープ雑誌担当)の春樹が鮮魚売り場にカメラを抱えてやってきた。そこから不安は真実に近づいてゆく。食の安全は、我々の最優先すべき課題である。産地偽装事件などは熊本でもあった。(アサリ貝とか 事故米を使った酒造りなど)この物語では南九州で国産鰻養殖拠点・小木曽産のウナギの話だ。鰻の生態はなかなかハッキリしない。世界的にみてもその7割を日本人が好んで食べ、国産は貴重で高値が続きに庶民には手が出せない。それにしてもスーパーで売る低価格うなぎ弁当など・・どこからくるのだろう。青、黄、赤のコンテナに分けて出荷される。赤のコンテナの鰻は頭が切り落とされ胴体だけ。 販売している食品への責任感もあり里奈も春樹とともに買い付け養殖地へ同行。取材を手伝うなかでその色分けに注目した。地元出身の漁業長の息子である春樹。親子や地域などとの関係で葛藤を抱えながらも漁協と国の研究所を巻き込む大スクープを掲載。終には殺人事件も絡み衝撃の結末に。食品偽装同様、魚の奇形問題はなお怖い。食物の流通段階は知らぬが仏、お金が絡むと信じられないことに繫がる。これからは頭なしの魚は買わないようにしよう。 KSNだより9月号2024年度NO6(通算76号)
北北東の気になる本
『第五番』 久坂部 羊 著
この本の発行は2012年2月10日に第一刷。心理学者、医師、芸術家、前科のある青年などが登場して怖い話が展開する。エピローグで著者が述べている中にWHOの偽パンデミック宣言疑惑に触れている。2009年の豚インフルエンザを新型インフルエンザとしてパンデミック宣言したこと。その反省を含めた弁明がある。実はWHOは中正公平ではない組織というのが暴かれる。それまでのパンデミックの基準を1)感染源が新型ウィルスであること、2)感染スピードが速いこと、3)人が免疫を獲得していないこと、4)疾病率・死亡率が高いことの4項目だったものが宣言直前に3)4)が削除されたという。猛威をふるう恐れでワクチン接種を継続が検討されパンデミック宣言の一ヶ月後WHOは専門家を集めた諮問会議を開催したが会議には大手ワクチン製造メーカの幹部が出席していたという、WHOが警戒レベルを上げる背景に自らのプレゼンスを高める意図があったのではと疑う人もいる。この諮問機関は議事録の公開を拒んでいる(同548Pより抜粋)、度重なるパンデミックで巨額の利益を上げるのは誰だろう。
この小説の発行後7年経って中国・武漢で新たな新型コロナウィルスが発生し世界へと広がって2020年3月11日 WHOでの深刻なパンデミック宣言らしき発言につながった。ここでも世界規模のシェア獲得競争が起こりワクチンで大手製薬会社の大儲けが始まった。//この物語では誰でも体内に持っているヘルペスウィルス(長年潜伏している)が関係し、ある菌がヘルペスウィルスを刺激して(帯状疱疹に代わるような)新型カボジ肉腫に変身、推理はその起因物質に到達。 健康の為にと飲んでいる“あるモノ”の共通項に○●菌があった。世界の医療を牛耳ろうとする組織が浮かぶ・・すぐに病院受診しての積極的治療がかえって転移させ悪化させる。日本人にありがちな健康志向が謀略に利用され逃げ惑う日本人の姿が哀しい。ウィルスやら免疫やら医師としての著者の医学的知識を総動員しての物語。ベートーベンの交響曲第五番運命と絡ませて第五番目の疫病を深く絡ませた小説で無痛の続編であり、M字の顔面怒張の話も怖いが一番怖いのは我々の無知なのかもしれない。 KSNだより8月号 2024年度NO5(通算75号)


北北東の気になる本
『窓際ドクター』 川淵圭一著
著者自ら30歳にして医学部へ入り37歳の研修医時代を思いながら描いたのだろう。5階総合内科病棟へ研修にやってきた藤山真吾と病棟のデイルームで患者さんの側で過ごす医師(紺野Dr)との話・「医者とは」何かと教えて呉れる 一見、窓際ドクターの愛称が似合う人との5ヶ月間の研修医生活が描かれる。同期の研修医は日本の一番と言われる帝都大に現役で入った瑞希との関わりも。指導医の中田医師と対比しながら、患者の生き方へも関わる。治療結果、論文発表、興味は患者ではなく症例ばかり。そこを疑問に思う、研修医やナースは窓際ドクターを応援。実は地域で知り合いの患者さんとバーベキューなどやって交流。、これは誰にも内緒にと患者Iさんに釘をさされる。患者さんの要望に応えて週2、3回ベビーシッターなども請け負う。そんな窓際ドクターの別の顔に触れる。最後には駒のように関連病院への人事異動をはね除けて、辞職してしまう。また同期の瑞希は循環器研修へ。
余命幾ばくかの患者さんに抗がん剤投与を勧めるが・・あの人は「残された日々を生きること」を勧め本人は退院することに。同僚医師から顰蹙をかう
人の生き方への助言、抗がん剤投与で苦しみ一寸長生きをすることが大事か、自分らしく最後を生きるか・・・それは「助言と伴走の立場」での助言だったこと。・・医師として、どちらが患者にとっては最良なのかを考えさせる。 KSNだより7月号 2024年度NO4(通算74号)
北北東の気になる本
『コロナ黙示録』 海堂尊著
当初、未知の新型感染症と恐れ、KSNでは健康談議などで勉強会も開催した。しかし感染力が強く、その後はKSNでも沢山の方がコロナに罹ってしまった。その総集編的な物語だ。
当初、2019年末に武漢で何かおかしな感染症が流行っているという情報があって、2020年には、この新型コロナ(COVID-19)が我が国に入ってきたと感じた大きな節目が豪華クルーズ船の横浜への入港だった。
物語で、当時の安保宰三総理は思いつきのように未知の感染症騒ぎは学校行事も取りやめて子ども達の人生へも大きく影響させTVでは日々の患者数が報告され、クルーズ船でのゾーニングを始め出鱈目な感染対策の課題や北海道での雪まつりを通した感染の実態などをこと細かく記押さえています。コロナ騒動は我々にも記憶に新しいことです。その時の厚生省やDMAT、感染症対策専門医の対立も激しいもの。そんな中でもオリンピック強行、など愚行を我が国は重ねる。そんな風景を作者はユーモラスにそれでも真面目に時系列に、登場人物に語らせている。濃厚接触者の定義など外国と比べて随分遅くに決定し、医師や看護師をはじめ多くの医療従事者も感染した。
2020年2月前後・・レッドゾーン、グリーンゾーンの仕分けが話題の頃、厚生技官白鳥と東城大学医学部の愚痴外来の田口医師、救急外来も大変だった。蝦夷大学の感染症専門医の名村教授や現場の速水医師など登場。 新型コロナ患者の受け入れ先でも困ったことが・・コロナ対応の医療者のガウンテクニック、防護服を着るときはグリーンゾーンでとか。安保総理はじめコネクトルームの厚生技官(=女医)、総理取り巻き連中などのドタバタ喜劇のようなバックグラウンドも登場、真偽ごちゃ混ぜの喜劇と現場の悲劇が展開する。著者はよくぞ関係者に捕らわれなかっなあという思いも。 帰国者接触者でないと検査してくれない。発熱外来があちこちに出来たあの頃・・その魂胆はオリンピック開催の前提もあったよう・・「患者を増やさぬため検査を抑制」なんて浅はかな考えだ。そんな著者の怒りや思いが怨念のように盛り込まれている。後世の日本で二の轍を踏まぬような感染症周辺の記録書であり(飼い慣らされた)日本人への警告を込めた悲喜劇でもある。
お断り:「なおこの物語に登場する内容は似ている内容があってもそれは偶然で登場人物などすべてノンフィクションです」って いや フイクションだったかも~~~~
KSNだより6月 2024年度NO3(通算73号)


北北東の気になる本
『老父よ帰れ』 久坂部羊著
妻を亡くして一人暮らしだった父茂一。ある日、他所の家のチューリップを全部引き抜いて大変なことに。病院では前頭側頭型認知症と診断され一人暮らしは無理となってやむなく施設入所。そんな父をめぐってコンサルタント会社勤務の矢部好太郎は、医師会主催の「認知症介護ーあなたは勘違いしていませんか」と題した講演会にたまたま参加。父の入所は間違っているのではという思いにかられ演者の認知症クリニックの宋田道雄医師に相談。眼から鱗と感じ預けていた有料老人ホームから父茂一を自宅へ引き取ろうと決意するところから話が始まる。施設や家族からも無理だろうと言われても周囲の反対を押し切り、妻や高校生の娘を説得その協力を得て職場の制度を利用し3ヶ月の介護休暇を取得し父親を介護することを選択した。経験したことがないと分からない実践過程の様々な障壁や苦難が描かれる。まずは排泄問題、それから食事、入浴、徘徊、ご近所対策、健康管理、様々浮上する。マンション住民の認知症への理解を得るためマンション組合で認知症勉強会を開催させ偏見解消に努めるが、実は多くの家族が認知症の当事者を抱えたり、自ら心配しているという状況も描かれる。予防ではKSNの健康談議でも講義を受けた「コグニサイズ」も挙がるが、認知症にならない方法はなさそうだ。加齢によってみんな近づいてゆくのだ。さて茂一は訪問介護を受けつつ、週に数回ディサービスを受けたりするが、そのデイケアでスウェーデン発祥のBPSD(認知症の行動・心理症状)周辺症状という言葉に出会う。問題行動は実は周囲の人が問題と思っているだけ、本人の行動には意味があるという。まあそうかもしれない。そんな苦労の中、茂一は前立腺癌(疑)の影響で閉尿が始まり、介護から医療中心の訪問に重点が移り寝たきりに。病的に衰えてゆく父親を手当する訪問医に諭される好太郎。「長生きして欲しい」と願うことは父の願っていることだろうか?そこから父親の終末期を考え始め、果たしてこれは父が望むことだろうか積極的延命の可否を家族で話しあい、介護する個人の思い、家族それぞれの価値観を思う生真面目な好太郎が描かれる。最期まで淡々と寄り添う日常がいかに難しいことであるか好太郎は実感する。・・難を言えばもう少し息抜きが欲しい小説である。レスパイトノベルに昇華するとよいが。 KSNだより5月号2024年度NO2(通算72号)
北北東の気になる本
『自転しながら公転する』
山本 文緖著
プロローグとエピローグの間で我が頭は迷転した。478ページもある本文は、ある非正規OL”おみや(都)“の人生を描く。自らの価値の対極にある恋人”貫一”を通して考える世の中。背景にはジェンダーあり、家族それぞれの価値観と役割があり、今の社会の抱える学歴(差別)だの仕事(非正規)や介護(高齢者問題)など、ごちゃごちゃに登場する。セクハラやモラル、それぞれの生き方など他人の言葉と自分の言葉が入り混じってその価値判断をさせる。OLはそこでやっと世間を知らない自分に気づき、試しに災害ボランティアを自らも経験してやっと分かることもあった。他者のことを考えること、それが欠けていた。やっと相手を理解したつもりにもなるが、答えは遠回りで、周囲をやきもきさせる。 熱海での「貫一おみやの話」を絡め、さらにベトナム人ニャン君とミャーちゃんという猫共通の接点もそれはそれで面白い。
気を持たせて、この先どうなるのかはエピローグまで読み切らないと分からない。登場人物がなりたい自分になるまで、それなりの流れに身を任せ果てた物語だ。 KSNだより3月号 2024年度NO12(通算70号)


北北東のお薦め本
『それからの万次郎』
吉岡 七郎著
子どもの頃、ジョン万次郎漂流記を読んでワクワクした覚えがあるが、最近の朝ドラでも登場、ホントに牧野富太郎との出会いがあったのかという疑問もあって山本一力のジョン万次郎の連載本を何冊か読みふけったことがある。 そんなおり2023年末に西原村で風流を主宰されていた吉岡七郎さんがこの本を出版されたということを熊日の新刊案内で知って即購入した。総数500pもある分厚い本で、14歳で漂流した万次郎が24歳でアメリカから帰国するシーンまでは見慣れた展開だったが、鎖国状態の日本へどうやって帰ったのか詳細に書かれており、その頃の琉球と薩摩、琉球を起点とした日本と大陸との関係がよく理解出来た。その後、薩摩、長崎、土佐、江戸と変遷を重ね。漁師だった万次郎が武士となり、幕府の要所での活躍、様々な流転、その後の人生が膨大な資料を基に描かれている。
作者の吉岡さんはジョン万次郎の一生こそ大河ドラマに相応しいと、ある集会で述べられている。漂流した14歳から帰国する24歳までが第一幕。そして帰国後が第二幕だろう。ペリー来航前後が彼の全力投球の時代。幕末明治にかけての外交の中で重要な事項に関わり、通訳だけで突出したのではなく咸臨丸に乗船して副艦長(アメリカで一等航海士の資格も得ていた)の仕事を代役。後に命の恩人のホイットフィールド船長との再会が叶った話には安堵した。
万次郎は日本の捕鯨船の導入や航海にも関与しており、60代で外海に捕鯨に出たという記録もあるらしい。米国のスパイと疑われ不自由な時代も経験したが晩年は自然体で過ごしていた様子が書かれている。
置かれた場で最善を尽くす生き方、希望を捨てない、先を見通す力、若い万次郎の青年時代から40代までの動的活躍に比べて以降の隠居生活が静的で対照的だ。 長男の東一郎は日本医学界で活躍し、空白の時代の万次郎の言動や行動を客観的に記録した『中浜東一郎日記』で父万次郎のことを残している。
( ・・ で万次郎は牧野富太郎と会ったのかというのは・・・・富太郎青年が土佐で自由民権運動の若者に案内された場面があったが、思想(人権や平等)は彼の思うものが語られたが、そこにはジョン万次郎は居なかったのではないか。二人の出会う時代が一致しない。土佐に隠居していたのではなく、海の見える鎌倉付近に家族と居たらしいと・・この本を読んでの私の結論。)
文芸社 定価1800円+税 KSNだより2月号 2024年度NO11(通算69号)
私の読後感 北北東
『渦』妹背山婦女庭訓魂結び
大島 真寿美著
奇抜な表紙に目を引かれて手にとった。題字がまためまぐるしい。渦の中に引き込まれるように読み始めた。250年も昔の江戸時代のこと。人形浄瑠璃作者として活躍した近松半二の生涯が描かれている。
生活の中で見聞きしたことが芝居に反映され、父に譲り受けた近松門左衛門の硯が大活躍し最高傑作が生まれる。道頓堀で育った半二は生来の芝居好き。その成果が舞台の中身で大衆に受け容れられるか否か、周囲もやきもきする。読み進めるうちに睡魔に負け何回この本を顔に落としたろうか、読み始めはよいが、そのうちふと目を閉じてしまう、すると目の前が渦を巻くようなあんばいだ。この本で大島真寿美は第161回直木賞を取ったというから、広く話は知れ渡っていることだろうからここでは内容には触れないでおこう。人形に姿を変えて人の世界を映し出す浄瑠璃(文楽)の世界。その道(人形遣いや作者など)には達人が居る。突き詰めると題材の土地の言い伝え、個人の思い、自身の関心事を集め全ては渦のようにかき混ぜられ再構築され傑作の文楽として結実する。作者の対談が下記URLにある。 https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163909875
KSNだより12月号 2023年度NO9(通算67号)


私の読後感 北北東
『どこかでベートーヴェン』
中山 七里 著
岐阜県のある新設の県立高校の音楽科の教室に転校生岬洋介がやってきた。父の仕事の都合での転校だった。鷹村亮は担任から学校を案内してと頼まれたのをきっかけに親しくなる。転校生がピアノの天才さらに頭脳明晰とあって、女性徒からは注目の的。夏休み中は、9月の校内発表会を目標にクラス仲間と練習に励んでいたある日、大雨となった。校舎に繫がる橋は川に落ち学校は陸の孤島となる。雨の中に助けを求めに出た岬と亮、運良く倒れ込んだ電柱が向こうへ側へ渡る橋代わりになり身軽な岬が渡った。その後、大雨の直前、練習をサボッて出て行った問題児の岩倉の死体が発見される。殺人事件として警察が捜査を開始。当時対岸に抜け出て救助要請をしにいった岬を犯人と決めつけ取り調べられたが、突然手の平を返すよう帰宅を許された。その後、岬自身がこの事件を解決し犯人を突き止めるという筋書き。学校新設にあたり山の上を開拓して地盤の弱い場所で学校には不向きなことまで判明。町長と開発業者の利権がからむ事件かと騒がれた。同級生の中に被害者と加害者があるのか。そしてこの物語は意外な展開を辿る。
主人公亮の心理も岬によって解き明かされる。岬と同一化したべートーベンのピアノ演奏も重なり、また岬自身耳の不調でピアノが一時弾けなくなるなど、音楽と高校生活の日常そして父との葛藤など様々な不協和音のような物語を加えて進行してゆく。 事件には密かに亮が憧れる春菜も絡む。僅かの間一緒に過ごした転校生との一夏は亮にとっては忘れ難い青春時代の苦い思い出でもある。 作中のピアノの描写が凄い。
著者中山七里の作品には他に『さよならドビッシー』『おやすみラフマニノフ』『いつまでもショパン』などの音楽ミステーリーがある。 KSNだより11月号 2023年度NO8(通算66号)
私の読後感 北北東
『ブラックボックス』
篠田節子 著
食の安全を全面的に出して、農業の機械化(近代化)への疑問を呈している。農業は自然に左右され、日照不足や台風、水害や土の栄養、微生物、農薬、遺伝子組み換え、種子法・・様々な課題を抱えている。田舎では後継者問題、低賃金雇用という名を変えた技能実習生という格安賃金での労働問題は労働法の適用を受けないという法の抜け道があるという。絶悪環境での労働の問題を掘り下げ、さらに土を使わない、細々とした溶液と温度、人工光を使う野菜工場のことをよく調べ上げてある。野菜の味つけは最後の溶液(薬品)で味覚調整するなど手法も詳しい。硝酸態窒素なども関わるマイナー面もあぶり出し、ハイテク農業は全てが良いことずくめではないことを告発する内容である。2013年1月の初版なのだが、10年後の2023年の今をも映し出しているようである。従来、農業での規制枠にかからない遺伝子操作や未知の被害の出そうな化学物質などの問題もある。人工照明、無菌、無土壌で作る野菜なんてどうも昔型人間には信じることが出来ない。 KSNだより9月号 2023年度NO6(通算64号)


私の読後感 北北東
『ジョン・マン』
山本一力 著
ジョン万次郎。多くの皆様はご存じでしょう。今の朝ドラでジョン・マンと対面するシーンがありました。(それは事実か?ですが)、日本が鎖国しているときに遭難し、鳥島で、アメリカの捕鯨船に救われた話は有名です。ジョン万次郎漂流記ではその一部の話で終わっているのですが、山本一力の本は波濤編,大洋編、望郷編、青雲編。立志編、順風編など7冊あって、それぞれに地図付きでどう移動したか詳細な足跡が分かる。
米国の捕鯨船に救助された土佐の5人の漁師、うち4人はハワイに残り、万次郎だけが捕鯨船に乗ってアメリカへ上陸。その後、一生懸命英語を勉強しフェアヘーブンのバートレット・アカデミー入学し、主席で卒業。二等操縦士免許を取得、その後一等操縦士になり、捕鯨船でしっかり頑張る話などワクワクするようなシーンもあります。
この本の中でアメリカの捕鯨の目的は、鯨油だったこと、キャンドルの原料や、灯火の油として多くが売買され、要らない臓器などは海に捨てられていたこと。一方日本では食べる目的で捕鯨をし血一滴も無駄にしないことが基本だったと、この大きな捕鯨の日米のギャップを学んだのでした。
物語の中ではアメリカの捕鯨船には樽に鯨油を貯めるため樽職人が同船していた。海賊との闘いに大砲を積んだ捕鯨船も登場。180年以上も前のこと。鎖国時代だった。物語は時系列的に日本の鎖国政策の概要も分かる内容です。万次郎の遭難した鳥島での暮らしと一方の(救助船)太平洋を捕鯨目的で移動中に、遭難した土佐の漁民を救助するはめになる船長ホイットフィールドの場合が船長の地元ニューヘッドフォードから出港するジョン・ハウランド号出帆と同時並行でお互いに綴られている。前後が万次郎の故郷の関係者の生活、その後のアメリカ文化との対比も眺められ興味深い。 14歳で遭難し日本の母の元へ帰るのを夢見ていた少年が漂流から11年目にして(琉球・薩摩・江戸・長崎と)鎖国の日本へ、それも何度も禁を犯した犯罪者として調べられ、やっと故郷に帰るという長い物語。文字も書けなかった万次郎が後に開成学校(のちの東大)の英語教授になったり、夢だった船を率いたりの波乱万丈の生活を送り明治31年(1898年)、71歳で死去。「らんまん」の田邊教授(矢田部良吉がモデル)が彼から学んだというのもまんざら嘘じゃなさそうだ。 KSNだより7月号2023年度NO4(通算62号)
私の読後感 北北東 『宝くじが当たったら』
安藤 祐介 著
宝くじを買ったことがある方はいますか?くじを手にしたら必ず当選した姿を心に描いておられることでしょう。この本の主人公のぼく(新藤修一)は突然舞い降りた幸運で2億円が当たった。普通「俺当たったよ」なんて公言する人はあまりいないようで、周囲の目を気にして、ひたすら隠すのだがどこかで口に出したくなる。ぼくは田舎の父母に当選を打ち明けてしまったことからその周囲で大騒動が起こり、ぼくに寄って来る人が多くなった。恵まれない人にぜひ寄付をと沢山のグループや宗教の勧誘までやってくる。インターネットのゼロチャンネルにもスレッドが立って、実名、勤務先まで明らかにされてしまう。そんなわけで結局、仕方なく職場で当選を公言。当然、「(運を)持った人」と周囲からうらやまれ、会社にも居づらくなってしまう。宝くじは人生を狂わせると言われるが、まさにぼくもそうなってしまった。宝くじに当選したばかりに、波乱の末に友をなくしリフォーム中の実家が放火され、詐欺師に4000万円を持ち逃げされ、今はハローワークで経理の職を探している。それでも、お金があっても無くても同じような態度で接してくれる信頼できる恋人を得るという筋書きが、せめてもの救い!。これも2億100万円の成果だという。100万円はナイショ。 KSNだより2023年度NO3(通算61号)


私の読後感 北北東
『無冠の父』 阿久悠 著
「北の宿」、「また遇う日まで」、「津軽海峡冬景色」などで有名な阿久悠という作詞家の家族関係から一生を読み解く物語。阿久悠の父は戦前は大きく聳えるサーベルを持つ孤高の巡査、戦後もサーベルをこん棒に持ちかえた権力側の一生無冠の巡査だった。 父は宮崎県の寒村育ち。3人兄弟の上2人の兄と山芋掘りをしているとき、誤って鍬で頭をかち割られ、それで人生が変わったという。瀕死の重傷から回復した父の葛藤、混乱など凄い過去が書かれ、この頭だから融通の利かない警官になったと兄が語る場面も。事有るごとにその割った兄(健太にとっては叔父)が登場する。
一般の子どもの場合も赤子の頃より身近な母と比べ、外で働く父との関係は疎遠なのが普通かもしれない。まして厳格な巡査の親子関係はそうスムーズでない。
父の死の訃報を遠い外国の旅先で受け帰国まで回顧する夢想のような中、警察官としての深沢武吉と妻の優子、兄隆志 姉千恵、妹との心情的関係を振り返える。健太(=阿久悠)の大学進学を見届け、55歳で退職し故郷の宮崎に一度は引き込んだ。
健太は思う。警官の子どもの特質は「秩序を守りながらもそれから逃れようとする意識を持つ」。同級生に虐められることもないが権力側の警官の子とみられ信頼する友もなく、心を開放して話す相手も出来なかった。自らも他人に対し何がしか距離を持つ。さらに駐在所勤務は2,3年したら転勤が付きもので、幾度かの転校で小中高校では友人を作ってはいけないという信条が根付く。警官の子らは、根を張れない仮の生活の場が普通なのだ。日常に根を張れず戦中から戦後までの淡路島を点々として暮らす駐在所一家。そして迎えた終戦の1945年8月15日を境としての価値観の変貌を見事捉えている。父の唯一の友の鶴田新八という後輩巡査の新時代へ向けた失踪事件も絡み、健太は時代を色づける。葬儀の為に帰国を決め、支度をするなか亡くなった父の声が思い出せないと苦悩する。時代の風景を俯瞰しながら父親へのレクイエムのような回想を通して阿久悠という人の内面が語られる。 KSNだより5月号2023年度NO2(通算60号)
私の読後感 北北東
『臨床の砦』 夏川草介著
コロナ禍、日本でコロナの患者さんを受け入れる病院とそうでない病院に別れた。その受け入れ側の葛藤、混乱など内側からの記録のような小説である。新型コロナウィルスという得体の知れないウィルスが日本に入って、大きく騒ぎ出したのが、大型クルーズ船ダイヤモンドプリンス号から。遠い地で流行っているという感覚で一般的な日本人は捉えていたが、横浜入港でそれが身近になった。長野の基幹病院でも受け入れることに。それからじわりと日本全体を襲う第三波の混乱、アイソレーターの完備した救急車も不足し、運ぶ救急隊員も対応の医師も疲労困憊。政治家やマスコミも診療にも関わらない人の勝手な発言を垂れ流し現場からは乖離した内容で大騒ぎをしていた。
東京に行って帰ってきた田舎で熱発して、アビガン投与し病院に入院させようにも満床で、入院する前に命も風前の灯火。そんなコロナ病床と受け入れ拒絶の一般病院との対比、その落差に愕然とする。実際の受け入れ病院はベッド満床で、どうしようもない医療崩壊状態だったと書いている。それもまだ初期の初期で、第三波の頃の話だ。昼飯も真夜中になる現場のことを世間では理解されず、例えば 盲腸の人も熱があるという理由で2時間も外来駐車場に放置されて腹膜炎寸前の状況だったり、何度も繰り返される入院待ち在宅死。この3年間、次から次へと襲ってきたコロナ患者の波に医療人は何度心を痛めたことだろう。 小説にはコロナと対峙した医療現場の多くの人が登場する。まだ感染最中の頃の2021年4月の発行で、8波と言われる最近までのコロナ序章の頃に書かれたもの。感染させるリスクを考え家族と会うことを控え、感染リスクから旅行に行くことも辛抱させられた職員もある。何とか割引とか旅行支援なんて医療職には無縁で、コロナ患者を診る病院では、自ら感染した医師や医療職の同僚が沢山いる。彼らの犠牲は世間に顧みられていない。感染拡大のさなか、医療費削減目的の病院統合や病床減らしを目論み、国会ではその原資に消費税を使うことが確認された。さらに現場の声に無関心で私腹を肥やす逮捕者を出した腐敗オリンピック強行のIOCや政府は医療者のことを殆ど考えてもいなかったのだろう。 KSNだより4月2023年度NO1(通算59号)


私の読後感 北北東
『バルス』 楡周平著
派遣労働者の現実をしっかり描いている。日本全体の非正規雇用は派遣労働者に代表され労働人口の4割をしめていることが正確に記載されていて国内でも昔からネット通販を代表する外資系のこの企業を「スロット」という。送料無料とその運賃の切り下げで運輸業にも密接な関わりがある。(モデルは あ! あのいつもポッチと押す通販サイトのA・・を直ぐに思い、すぐ分かるので詳しい解説はしない)という会社の本質が明らかにされている。3年ごとに派遣は切られ、別の職場へ。そんな状況だから家庭を持つことも出来ず、結婚も出来ない。経験が次の職場で役立つ訳もなく、老後は年金もほぼないまま。国のセーフティネット=生活保護:対象の予備群を堂々と作るシステム。その派遣労働法は業務形態が変わるごとに首切りがスムーズに行くように、国会で通過した法案がベースだから(法律導入=官製)、国が責任を持つのは当たり前なのだが。実際この非正規労働の世界から抜け出ることは不可能なようだ。
正社員を勝ち組とし、負け組がまたリアルな描写がある。今は、労働者の団結が削がれて、バラバラにされ「労働と権利意識」が大衆には分かりにくくなりつつある。少数の正社員が何万の非正規労働者を束ね、直ぐに首を切れる状態にした労働市場。こんなところに若者の希望はあるのだろうか。二極化された僅かなエリートと大多数の一般大衆の差。待遇や賃金格差・・なんだか目の前が真っ暗になりそうだ。・・通販と密な関係の輸送手段を止めたときの混乱を誘発。主犯”バルス”が非正規労働者の権利回復の意義を目覚めさせるのか、単なるテロリストになるのか。最後まで目が離せない。 (KSNだより3月号 2022年度NO12(通算58号)
・私の読後感 北北東
『被取締役新入社員』
とりしまられやく
安藤祐介著
この本の題に惹かれた。”とりしまられやく"というヘンテコな役職名:その役員報酬は年俸3000万円と破格。白羽の矢がたった男は、職場のはけ口になれという命令。
小さい頃からいじめられっ子、小学生の時の入学式でうんこを漏らし以来”ゲリブタ”というあだ名がついて虐めが始まる。成績も劣悪、友達もいない人生。高校を出るといろんな仕事につくが要領が悪く直ぐに解雇された。そうやって29歳になり、そんなときに受けた会社が超一流企業、その面接が型破り。ジジイが試験を仕切っていたのが実は社長で、この物語の主人公 鈴木信夫に目を付けた。入社後
宣伝広告の日本代表企業、大曲エーゼンシー、 羽ケ口(ハケグチ)信夫に改名させられ
表向きは制作局の社員として所属。周りをゼンマイとか不倫火山とか信夫は勝手に名付け、ある面楽しみながらも幾度も失敗やらドジをやらかす・・それが任務だから仕方ない。さらに週4回以上は遅刻せよとか面白い掟を提案されて、ことごとく自然体で従う。それで同僚職員のはけ口は弱者の羽ケ口へ向かうという算段。これで職場がうまく好転、職場の潤滑油ということで任務成功。ところが偶然なのか失敗の予定が半ばから、たまたま成功を続け、人事局の桐野から、叱られる。ちゃんと失敗しなきゃって。そんなこんなで事態は進み、次々に大きな商談が成功するものだから厳しいおとがめもある。「いじめ撲滅のCM」でも失敗しなければならない使命にうっかり、逆らい新たな運命が。・・ドジで間抜けで馬鹿のうえに人望もない羽ケ口と同類の北北東(私)にとってこの物語の進行が気になった。 最終的には内緒であるが・・めでたしめでたしという内容でホッとするのであった。
この作品は2007年にTBS.講談社第一回ドラマ原作大賞を受賞しているので既にドラマになっているのかもしれない。 KSNだより2月号 2022年度NO11(通算57号)


私の好きな本 北北東 『生きてるかい?』南木佳士
南木佳士は『ダイヤモンドダスト』で芥川賞を取った小説家。エッセイストで医師でもある。鬱状態やらパニック障害などを告白している。厳しい病棟での医療に従事し、休日は家で書くことで精神のバランスを取っていたそうだ。
そんなとき同僚医師からの書くことで医療の手抜きをしているような辛辣な皮肉が届く。「出版の印税を退職時に病院へ払っていけ」という怪文書。こんな厳しいものが著者に送られてきたこともあえてエッセイの中に記されている。突き詰めると、たぶん架空の物語ということにされるのだろうが、医業と文筆業の二つを同時並行に続けようとすると無理が来る。周囲の状況も把握しながら、反応する正直な人だ。直面する問題も幾つかのエッセイを読みながらホッと一息ついて安心出来るので、何度か読み直してしまう。中堅の女医さんの往診体験談で寝たきりの骨皮だけの老婆から「生きているかい」と目も開けずに問われて、「大丈夫生きてますよ」と声を大きくして応えた話を受け、人は誰かの認証を得ないと生きている実感を失うのだろうという。今を生きているつもりの無口な自身も強がらずに身近な人と会話して生きている実感を感じなくてはとつい思う。
そんな誰も気にしないような小さなことにこだわっている作者の思考が面白い。 他に「先生のあさがお」も記憶に残る作品だ。(KSNだより12月号2022年度NO9(通算55号)
北北東の気になる本
『昨日壊れはじめた世界で』
香月夕花 著
小学4年生のクラス。稔がノートを街中に忘れ物をして、5人が担任の指示で連帯責任を取らされ一緒に取りに行かされた。その帰り道に立ち寄った丘の上のマンション最上階15階。そこに住んでいたアシダカグモに似た中年の男の部屋に転がり込んだ。そこで男は「実は世界は、もう昨日から壊れ始めているんだ」 と語る。
そこからこの物語が始まるのだが、ふと思い出した祥子によって30年前のメンバーが振り回される。それぞれ自身を振り返って愕然とする4人。大介、稔、律子、祥子、そしてたしか居たはずのあと一人は誰だったかと記憶を辿る。父を目標に生きてきた律子は、実は父に嫌われていたことを知る。稔は「死刑囚の歌」が頭から離れない、品物があると手が自然に動いてしまう窃盗常習犯(病的)で、それが原因で勤めた会社をクビに。祥子は大学を卒業するとき就職試験に失敗し以来ずっと派遣社員で、派遣切りに怯えて暮らす。大介は父が倒れて仕方なく本屋を継ぐが大手スーパーの進出で経営が悪化し手放して妻子は離れていった。というあんばいで皆がうまくいかない悩ましい同級生。終には探していた子の名前(恵)が浮かんでくるが・・・そこにはネグレクトの問題も。 あの日から30年を経て、確信することは「誰も知らないうちに世界が段々壊れてゆく」という男の予言の実感だ。まさに親子関係を軸とし夫々自身のことが現実となる不思議な小説である。(KSNだより10月号2022年度NO7(通算53号)
