2025/07/27日

雨上がりの早朝 蝉の声、庭に出ると昨日まで蕾だったオレンジ色の薔薇が咲いた。花ビラは小ぶり、またすぐ散るだろうから、この姿が最高の開花のときだろう。
不満と不安のままの人生も終焉が近い。人生の店仕舞いの頃、それでも何一つ手がつかないまま。日々が過ぎてゆく。
今日も風が強い。窓を開放した山小屋のドアはバタンバタンと大きな音を立てて勝手に開閉する。
さあそろそろ階下に降りようかと 踏ん張って降りて仕事開始。
役割を終えた花は実をつけてそれが次の世代へつなげるのだろう。人間の仲間のXipoci爺も個々の役割を終えたらそれで終わるのだろうが、全然その準備もしていないのだった。ずっと永遠に続くのかという錯覚で暮らしている。
そんな大きな間違いを続けて居る。蝋燭の炎はいつか消えるモノ。両親や恩師が身をもって見せてくれた生老病死を自身にも感じながらも抗い続ける馬鹿爺の私。いつまで抗い続けるものやら。またどこまで抗えるのかを実験してみようと冒険爺となる。


蔦類の植物は近いモノに乗っかって上へ上へと伸びてゆく。背の高い木であれば10m以上も上へ伸びる。蟻はその蔦を頼って上へ上へと登ってゆく。
今日は一日風が強くて、お客様も午前中ばかり。午後は優雅に読書三昧、横になって涼しい風を受けていると、テキトーな避暑になる。涼しい夏は台風の影響だろうか。風が止むと暑すぎる森になる。
爺575は”風は友 森が避暑地の 枕元” 時々微睡む夏の午後、すーすーと涼しい風が過ぎてゆく、目を開ければ本の文字が浮かび、閉じるとすっかり暗闇の別世界。生と死はモノが見えるか、闇があるかの違いだけ。ぴょんと一つ飛び。何もその境などないようだ。


