2026/03/26木

今日も西から東への長い地震雲。TVでは冬のソナタ・・最後に近い場面異母兄弟のチュンサンの母の妄想で別離を選んでまた波乱。さてさて、事故で記憶喪失、自己満足の記憶改変。、韓流ドラマの奇想天外な成り行きに目が離せないなんて・・馬鹿みたいな爺の朝だ。外では野良同士の喧嘩、それを覗きに走り回る、風邪気味のハナ。晴天が始まって・・あと少しの晴れ間。マイクを使って보고 싶어서 なんて発音をハングルにしてそれを日本語へ翻訳するgoogle翻訳の賢さにはビックリだ。ロシア語も正しい発音するとちゃんとロシア語に文字化して右の日本語空欄に翻訳して呉れる。(^o^)それがタダで使えるとは!
今朝の新聞を読んでいたら、熊本学園大は二部社会福祉部学科を2027年からの募集を停止し廃止するらしい。思い返せば40歳の時、公的介護保険が噂に上がり、社会福祉学部が出来、たまたま新聞を眺めて二部が出来ると知って、勤労学生も楽しいかなと妄想し、夢中だった(禁断の)パチンコ封じを兼ね、学ぶことにシフトチェンジ。・・それからの午後5時までは病院で放射線技師の仕事、それからの夜学生と変身した。まだ気持ちが若かった。社会福祉士も取れるように、必須科目をもれなく取って、過剰科目も一杯詰め込んだ。社会福祉士の実習施設開拓に取り組んだ、私は近くの特養に相談しOKを頂いた。たぶん今も後輩が実習しているだろう。・・思えば一期生は開拓者だった。そして20歳以上違う年齢の同級生と教護院の見学など行い児童福祉のレポートを出したりと。あっという間の4年も過ぎ、卒業年に大学院が出来ると知って、面白そうだと職場にも家族にも相談せずに受験したのだった。(信じられない)


まさか先があるなどとは知らずに職場はこれで、元の定員(オンコール)に戻るという約束を蹴って、日祭日専用のオンコールを、さらに続けながらまた勤労学生を延長し続投したのだった。午前8時半~午後5時までの勤務、そして6時から10時近くまで夜学生・宿題などして寝る時間は3,4時間だった。学部卒業時に社会福祉士の国家試験を受け、資格を取ったあとはペーパーライセンスながら、後に成年後見の研修を受けたり、本職とは関係ない勉強に励んだ数年だった。
院では「高齢者の孤独を解消する手段」として、シニアネットに注目した。それで修士論文は「高齢者福祉のツールとしてのシニアネットの考察」という題で、熊本でもシニアネットを作ろうと周囲に呼びかけ、参与観察を開始したのが1999年7月だ。あれは45歳の時だった。当時のことは「網縁の日々」(PDF)に詳しい
それから27年・・すっかり爺さんになるまでシニアネットのメーリング管理をしている。そのサーバーは大学のもので、その担当者がMさん(様々な工夫で協力して頂いた)。そのMさんが今年3月末で退職される。・・その年度末のサロンに爺さんがMさんがもし参加されると(会えることを)期待して御礼と退職のお祝いを言いたくて 本日の午後1時半からのサロンへ参加予定なのだ。
雨上がりの今朝、仲良しの野良の二匹、我が家のハナが喧嘩腰で毎日相手していて、裏口の金網が破れそうだ。


結局、KSN学園大サロンに到着したのは13時35負、ちょっと遅れての到着。丁度、サバー部長のMさん、A元教授、その紹介でN教授のKSN入会の紹介中だった。良いところにたどり着いた。何とか間に合ってMさんへ(27年のサーバー管理の御礼と退職の)お祝いチョコを渡したのだった。その後、Word講座を10人の参加者で学んだ、
学びには 歳は無関係 好奇心 いつまでもあれ それが力に

