2025/11/04火

我が家のハナの母ちゃんのパンダ。毎日朝昼夜とご飯を食べにくる。あるときは3匹、あるときは2匹と、行動を共にする家族(?)かな・・と現れる。ハナにあんたの兄弟ねと聴いてもどうも分からない様子だ。よく金網越しに喧嘩している。
これから寒くなる。一家はどうやって冬を過ごすのだろう。時々車の下に居たりするので急発進はやめておこう。
今日は昨日のお客様からポシェットを忘れたかもと連絡があって、夕方より山行き。あった!。椅子にかけてあったのを後片付けの時気づかなかった、こちらの手落ちだ。でもあって良かった。電話したらすぐに取りにお出でになって、再び下山した。明日も検査で山登り・・PM2時から5時まではなんとか頑張ろう。
この蕾を見ると和菓子の桃のようだ。美味そう。
明日は午後は山で一斉巡回指導を受けるのでたぶんぼんやり過ごすことだろう。その後下山したらPMからオンライン「水曜サロン」だ。そのテーマは重い。「これからどう生きる」「隣の偉人」
それの延長か6日(木)は知人の生前葬に参加予定。もう初めてなので、どうしてよいかと問い合わせると普段着でよいとのこと。じゃあ草刈り爺さん姿の普段着でいくばいと先制攻撃。”香典は持って行くと?”って聴くと・・受付で2000円で良いとのこと。あら、高級ホテルでの葬式(生前葬だが)なのにホント大丈夫かいなって。半信半疑だ。6日のweb日記で事細かく報告しよう。
爺575は”生前葬 生きて居てこそ 分かる恩” 最近というか近くなると新聞の訃報欄が気になって自分の年齢周辺を探す。中には、葬儀はしませんというのもある。それも手だな。ホントにあの世が無であり、この世の送る側が納得すればそれもある。私はどうしようか?


11月3日の赤旗・・8面 競争原理、秩序主義をやめさせ「子どもの発達」を真ん中にすえた教育をという「大阪教職員のつどい」での日本共産党の志位議長の発言が大きく載っている。そのなかで「遠山啓の教育思想とは?」という欄がある。この遠山啓(ひらく)のことを「優れた数学者であるとともに数学教育について”水道方式”という合理的な教授法を提唱するなど大きな足音を残した方、小学校の教員だった私の父親が遠山啓さんをたいへん尊敬しており、亡くなる前に「著作集」を読むようにと言った。私はくりかえして読み強い感銘を受けた。」「”教育とは何か”についての深い思想的な考察があると思うと強調。・・そう言わせた遠山啓さんは外地で生まれ、すぐ母の郷里の熊本・小川町へ。小学校4年まで暮らし、東京へ転校していったという。その数学者でかつ著名な教育者が、かっての小川郵便局の遠山局長さんが親族だった様子で小川広報に一緒に写っておられたのを見た記憶がある。(五十数年も前の話)・・その局長さんの家を戦地から引き上げてきた我が父が借りた藁屋根の小さな借家。そこで親子6人お世話になった。まあXipoci流の郷土愛で、友達の友達は友達みたいに・・遠くにいた偉人を近くに引き寄せてみた。無関係の関係だけどね。(隣の偉人ネタに)


