2025/10/18土

昨日は蕾だったが、今朝は開花でぱっと明るい庭になった。最後と毎回思っていた栗拾い、続行して、まだまだ落ちているのに気づかないのがいっぱいあった。取り残しがあったら気の毒だからと、最後まで拾い続けることに。明日も忘れてないかを確認に、足下がよかったら栗探し爺さんを継続してやろうなんて・・”最後に”と接頭詞つけながら思うのだった。

今日になって気温が低くなってきた。最近は鹿を見かけなくなった。奴らも警戒しているのだろうか。

今日はオンライン文化祭への展示作品を夫婦でご持参下さった。写真を撮影し、これから作品展示のページを立ち上げよう。それにLINEでお願いした方もあってフォト575は少しずつ集まってきた。作品持参の旦那さんにも現場でフォト575を投稿してもらってまた一つ。最初投稿したが送信できなかったと言われたが必須のメールアドレスを入れておられなかったようだ。(Google formは便利だが、初めての方は戸惑うかも)

いつも最後と言いながらいつまでも最後にならない栗拾い。明日こそそうなるに違いない。細々と『死が怖い人へ』久坂部羊著」をなんとか読んだ。精一杯一日一日を生きること。「今日が死に時」と自分が思う日が死に時であること。長生きのための医療に過剰期待しないというのが教訓かな。著者も私と同じくらいの年齢で、大体同じような考えをもっているようだ。

今日きてくださったお客様からミカン貰って、お返しに最後の(たぶん)栗をおみやげに。

爺575は”目がかすむ 声も意識も かすんでる” っていう爺。それでも明日はちゃんと朝飯食って、汗かいて走りまわっているだろうか。今宵も満足することなく不平不満で夜が終わる。

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