2025/10/15水

昨日は朝から夜迄スケジュールがいっぱいだったが、今日は何もない空白日。
友達からは彼の母さんを天国に送って熊本には一日滞在しただけで帰ったというメッセージ。近親者だけの弔い、彼の死生観の実践だ。普通なら隣近所、親類縁者との煩わしい形式行事で数日は費やすことだが潔く避けた様子。私は見習えるかな?
黄色い彼岸花は、本当の彼岸より随分遅れて咲く。だから彼岸花から外れてもよいのではないか。彼岸のちょっとさきだから 橋を渡ったとこに咲く天国花なんてどうだろう。
明日10月16日(木)はKSN健康談議、テーマは「睡眠のはなし」今回は会場を借りて対面とオンラインの実況で提供の予定だが、一人も「参加します」なんて声もなくて、とても心配している。対面の会場も心配だが、オンラインの参加なんかあるのだろうか。・・などと主催者は気を揉む。まるでいつもの蓋を開けなければ参加者数が分からないという俵山サロン状態。まあいいか。参加なくても録画しておいてKSNアーカイブスにおいてゆっくり観て貰おう。


朝 LINEに知人がこの記事を添付してきた。まさかあの怒りの投書を掲載してくれたことに感謝!、我が家は山が3日、市内が3日なので、熊日新聞を取っていないのでこんな紹介は助かる。
熊本県人は怒りが不足している。知事や市長がやることに間違いないと思っているのだろうか。怒るべき時は徹底的に!
先日の遠距離ミサイルが健軍に来ることについても、知事は「国の説明がどうのこうの」と、国への配置をやめてとも言い切れないまま、市民の恐れを分かろうともしない。言いたいことが言える今、言っておかないと、戦争準備に従い言論統制などが始まったら何も言えなくなるぞ。
爺575は”夢にみる 無の世界とは あるかなし” 本を読みながら 死後の世界がこの数日気になっている。そんな状況で訃報が届く。無の世界にいきなはったか。痛みも悩みもない「無の世界がある」。それは生者にとっては悲しいと心の中では思うが、この世界で解決出来ないのは一切無に(ご破算ということで)あきらめよう。あの世を体験しないと真実は分からない。ムカゴ取りも栗拾いも精一杯頑張る生の世界で思うことは、ずっと無の世界が続くことがちょっと退屈すぎという思いだけ。

