2025/10/11土

菊科の小さな花だろうか。山小屋の庭にはびこる。スマホではシオン族とある。シオンとは知人の息子の名前だ。ハルシオンなんてクスリもある。

ハルシオンは睡眠薬らしく副作用が強いらしい。そういえば私は睡眠薬は飲んだことがない。たとえ不眠でも薬が嫌いだから。

BS7では、寅さんがあっている。寅さんが毎年正月、お盆にやっていた頃、時々観ていた。今日のTVは最後(49回1997年最後)の次の50作目の「寅さん」で寅さんという主人公の出ない作品をやっている。おじさんを思い出すシーンがいっぱい。小説家 諏訪満男 が振り返る。

こんな映画を観ると生きるって何だろう。死ぬってなんだろうとつい考えてしまう。既に棺桶に片足を突っ込んでいる爺が思うことだからどうでもよいのだが・・

先日、上通の長崎書店で『死が怖い人へ』久坂部羊著の本をうっかり買ってしまった。その表紙に”直視すれば乗り越えられる”と彼なりの答えが書かれている。

 長谷川櫂もそういえば死を直視した俳句を書き始めた。死ねば無・・それが納得しなければならない解だろう。しかし、そこへ行き着くまではいろいろ考えるのだ。

残された家族が、とか自分が居ない世界がずっと横たわるのを思うと・・など具体例を挙げている。

秋空の下で、零余子取りに夢中になっている爺さんもやがて天国へ(地獄はかなわん)行く。100%この世から居なくなる。まあ寂しいが仕方ない。でもなぜかこの世への未練が強い。

零余子はDNAをいっぱい残そうといっぱいその実を付ける。それを爺が横取りしてむかごご飯にして食らうのだ。他の生物のことは気にも掛けずも、自分ごとを優先しながら生きながらえるぞ・と なかなか死を直視出来ない爺がここに居る。

爺575は”零余子には 事情もあるが 爺にも

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