2025/09/11木

9月も半ばに入って、朝顔が目立つようになった。青に赤、あちらこちらにこっそりと咲いている。
今日の新聞には櫂さんの「故郷の肖像」(筋金入りの不平不満)・・第三章 漱石の桃源郷が・・30年前の小学校二年生の息子さんの横断歩道での交通事故が描かれていた。子どもを轢かれた悔しさがよく分かる。それこそ「のさり」なんて言っておられない。親として跳ねた側への不平不磨も遠慮しない。大学生だからと言って被害者より加害者を守るような世間の姿勢も不満なのだ。その源流は漱石の小説にもあるらしい。日露戦争以降の日本と日本人への不満が中心とか。
話は変わるが、櫂さんの子どもを心配した俳句 花びらや生きてゐて子のやわらかき こちらは幼子と写生に行った時、近くに雷が落ち、慌てて駆けつけて抱きかかえて無事を確認したときのことだったろうか・(それとも私の頭の中での脚色か)・ちゃんと話を記録してないから私の思い違いがあるかもしれない。この句は『天球』所蔵。 それで外に出るとき櫂さんは時計(金属)を身につけないという話しをきいたようなおぼろげな記憶がある・・。子どもがちゃんと成長するということは、もしかしたら奇跡なのかもしれない。子どもだけでなく生きていれば、何があってもおかしくない。思ってもいない色んな障害や問題が突然横たわるのだから。
趣味こそすべて:将来は アマチュア無線の仕事をするなんて淡い考えをしていた中学生の頃、やがてアマチュア無線ではご飯が食べられないということを知る。それでは・・無線に関係ある仕事をすることを視野に。無線とその延長にX線やらガンマ線やら、アルファ線やら光とかホントに同類かそうで無いのか分からないうちに、高二で跳び箱*尻餅事件で入院・・そこで知ったモノとは・・人体を透過して骨がすかして見えることに不思議さを感じ、高三になって放射線技師を目指すが、いざなってみれば一番合わない仕事だったことに気づく。申し訳ないが、なってはいけない仕事に就いてしまったことに気づいても還暦定年まで居ついてしまったのだ。それまで何度退職願いを出したものだろうか。
それは「一身上の都合につき」のように叶わなかった。(これは笑い話だが)
それで”アマチュア無線を一生の趣味に出来たか”もはなはだ疑問に。Xipociは熱しやすく冷めやすい、だから途中途中では猛烈になる。RBBSやらFAXなど新たな形式にはすぐに飛びついた。パナファックス2000を改造した無線FAXにもすぐに虜になった。最近はFT8もさっさと飛びついた。それらも人生をかけるような面白さもない。ある程度やったら潔く撤退した。今はコンテストを細々と尻の方から追いかけている。


相変わらず、暑さの中で、田園の上を飛んで吹き込む冷たい風を待っている。ぼんやりとラジオを聞きながら、時折口をあけていると・・。懐かしいリクエスト曲が流れてくる。特にあの頃の若い あべ静江 「水色の手紙」 やら ダカーポ「結婚するって本当ですか」が流れてきて、Xipociもその頃のことを思い出していた。きっと現代っ子には理解できない歌かもしれないが、youtubeにはいろんな思いでの一端が浮かんでいる。(youtubeはCMをスキップすること)
爺575は”思い出は 何処かに沈み ふと浮かぶ” 楽しいものやら厄介なものやらいろいろごちゃ混ぜになって、刺激と反射の回路を通してフワリと登場する。鮮やかなやつやおぼろげなやつとか。亡くなった人とか。訳の分からないことやら まだ出会ったことのない事件なんかも浮かんだりして。


