2025/08/12火

今日は朝から快晴。昨日までの雨が嘘のようだ。電話があって今日が絵手紙との連絡があって、社長出勤で30分遅れで出発。(生ゴミ出しなどあって思うようにさっと出ることが出来ないので)今回は先生の課題を無視して、(まあいつもだが)広島原爆忌80年目の原水爆禁止世界大会に参加してきたので広島のことを幾つか描いた。

今年の夏は酷暑、それでいて昨日までは大雨だった。近隣でも被害が多くあった。原水爆禁止世界大会に一緒に行ったメンバーの町の近所の人も犠牲になっている。自然災害は予想もつかない、それに比べれば核兵器は人間が使うモノだから、何とかしなければと思うのだが、核抑止力に思考が汚染された指導者がいる限り無くなることはない。核兵器が使われないようにするためにはどこかで規制がかかるように出来ないと。

あのとき銀行が開くのを待つ人が石造りの階段に座っていて、原爆炸裂の瞬間に影を残して消えたと私は習ったような記憶があるが・・そのことについての解説がここのページにある。

白っぽいところが人の影かと思っていたが、黒い部分が影だと説明されている。影を残したまま、それが自分の最後だと家族には知られずに瞬間に天国へ逝くなどきっと無念なことだろう

爺575は”雨の後 辺りに残る 土砂崩れ” 巻き込まれて亡くなる人は。地元の人や偶然通りがかった人などもあって・・

絵手紙教室を終えると、小川の豪雨が気に掛かって、一度我が家に帰宅後、3時から小川へ草刈り機と共に、行こうと決めた。ところがいつもの城南から松橋への裏道が凄く混んでいた。特に小さな農道に大きなトラックが通りずらりと数珠つなぎ。通り抜けるのに普段の3倍の時間がかかっている。高速が八代と松橋が通行止めみたいなのだ。それで国道3号線の混雑を避けて小さな農道へ流れているようだ。氷川インターからの車の数珠つなぎにも小川に入って遭遇。帰りは海東から豊野その先の城南へと山道を帰る。 ところで雨の影響といえば、小川の農地には土砂が流れ込んでいた。毎回大雨では繰り返される。・・気を取り直して自宅を開放して空気交換。その後6時まで草刈りをして、とても疲れてしまった。帰宅後シャワーを浴びて、夕食づくりに励んだ、そしてゆっくりしたのは午後9時前。美空ひばりの歌がBSで流れていた。

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