2025/08/05火

今日は午前中は自由時間があったので、ホテルから歩いて20分、携帯の地図情報を使って原爆資料館へ行った。随分混んでいた。展示物にはいろんな物があったが、特に2歳で被爆して12歳で逝った佐々木偵子さんが1000羽の折り鶴を作ったら病気が治ると信じて折ったという鶴が展示されていた。
民医連のソーシャルワーカを37年されたYさん82歳の話を聞いた。原爆投下から人生は一変。たった一発の原子爆弾で父母との別れ、貧乏、差別と苦労してきた人生を語られた。今でも白血球が減ってしまって、被爆の影響を無視できない人生を送っていること。
退職後、自宅でケアセンターを立ち上げたがずっと赤字で80歳になって辞めた話、その中でケアマネージャをすると、被爆者の置かれた立場も目にする。原爆の被災者を差別して感染するなどという差別もあったり、ひたすらに家族に被曝を隠す人もあったりした話も。


フランスからの参加の著名な運動家美帆 シボ さんの訴え。韓国からも人道主義実践医師の会 元グリーン病院院長の話もあって、世界の人と手を取り合って核兵器廃絶を訴える言葉に耳を傾けた。
この特別な集会の前には「文化」の分散会に参加、歌や詩などで原爆や戦争に反対して行動している人たちの話を聞いた。
爺575は”幼子が 82歳になる 原爆忌” 2歳で父母と別れ過酷な運命に落とし込まれて、差別や貧困を経験した原爆以降の80年間の現実の話が深く心に残った。


