2025/08/31日
幼友達の俳人 長谷川櫂さんから贈って頂いた本が沢山ある。一番最初の「古志」という初句集は水俣で受け取った。初々しい、所々に心当たりのある句もあって こんなことを描いているのだろうと思いながら眺めていた。あれから様々な著書が手元に。きっとちゃんと俳句を理解してくれよ、分かったら素晴らしい世界なのだぞというメッセージがあったのだろう。それでもなかなか俳句鑑賞とまではいかなかった。何しろ俳句で使う季語を理解していないのだから、すんなりとはいかない。古希を過ぎた爺さんになってやっと向き合える時間が出来たが、季語の理解はこれからだ。この本を我が山小屋50坪のギャラリーにて静かに読み始めた。だが小説みたいには進まない。(理解が) まあ頑張って爺575をいつかは俳句の形にしてみたいもの。 庭に長椅子を出して、夏の風景の見納めをしていた。草ばかりが元気がよい。一件落着して、のんびり珈琲をすすっている爺さんの足下は涼しい。黄昏時の2025年8月の最後の日。明日から9月、今朝やっとKSNだより8月号(No88)を発行したよとメーリングでお知らせした。お知らせしたあとにスマホで確認中に色んな不具合を発見、あらしもたぞ!と、PCに向かって修正しFTPで直したPDF版の新聞をKSNのアーカイブへアップ。 メールでも送信直後に瞬間的に誤りに気づくことが多いが、新聞発行もお知らせしたあとに大きな間違いを発見することばかり、どうして事前にピンと来ないのかが不思議、OKを出したあとのダメだし。さてさて課題は一つ解決したが、来週は忙しくなりそうだ。 芝生を追い出し、我が雑草軍団で埋め尽くそうという邪な奴らとほんの少しだけ戦ってみた。でもヤブ蚊と暑さに早々に撤退した。根を張った雑草はちぎってもちぎっても何度も生えてくる。 WPで「ピンバック」は、参考にした記事のサイト管理者に「リンクを貼りましたよ」と通知することだって。このピンバックって初めて知った言葉だ。自分で自分のページへのリンクでもこれが来るんだなあ。他の無関係な人のページの人へのリンクもそう出ているのを思うとちょっと怖いところもある。よくもおれのHPへリンクしたな「リンク代の代金」よこせなんてあるかもね。webの世界何があってもおかしくないかも。 さあ3時、そろそろ片付けするか。爺575は”古希過ぎて 知らないことを 知りすぎて”ああまた勉強かあ。これじゃいつまで経っても天国には行き着かないぞ その山小屋からの帰り道・・そろそろあの花は咲く頃かなと眺めるとあった! 西原村袴野 塩井社湧水のすぐ下の道路沿いにもう彼岸花が咲き始めた。帰り道の益城の有名な寺中の彼岸花より1ヶ月も早く咲いている。これは例年通りのことで驚くことではない。この周囲の時間が他所より少し早く過ぎているのだろう。そういえばわが顔の皺がますます増えたようなあちこち老化が進んで人生がのっぺりしたような感覚も٩( ᐛ )وそんな袴野の水くみ場付近は1ヶ月の加齢スポットかも。(嘘だけど)
2025/08/30土
最近山小屋の朝は遅く夕暮れが早くなった。本来ならヒグラシが鳴くころから涼しくなっていたが、最近はまだまだ暑すぎだ。一人密かに12畳の迎賓館( ^)o(^ )にてクーラーの世話になってキーボードを叩いている。 先ほどはWEBで使える適正体重をCOPILOTに依頼してプログラムを書かせて、それをhtmlをコピペして実際WPの上で働かせてみた。 これは素晴らしい!そのページはこちら もうこんな時代になったのだ。馬鹿みたいに一生懸命タグなど覚えなくてもよい時代になってしまった。AIが専門のプログラマーを失業させるのももうすぐだろう。 猫のハナは南区の自宅では真夜中も二階寝室の窓から外を眺めながら夜警をしている、と言っても朝方は目を閉じていることが多い。週末の山小屋では誰も近所にいないので安心して熟睡している。おまけに朝10時ころからなんと18時頃まで眠り続ける。起きているのは数時間だろうか。寝つきの悪いXipociからするとうらやましい限り。 このシャックの目の前に栗の木がある。あと少しすれば、栗拾いできるかもしれないが、栗の木も歳をとって、あちこちの枝が折れてきた。今年も ちゃんとした立派な栗が取れるとよいのだが・・まずは台風が来ないことを祈る。 玄関前の芝生には雑草が茂ってしまった。日差しのないときにはしゃがみ込んで草むしりを少しやっているが、繁殖力が強くて追いつけない。芝生が雑草にとって代わりそうだ。ただ日差しがなくなるとやぶ蚊の出番になる。刺される覚悟での草取りには消極的だ。奴に刺されたら痒くてたまらない。 さあ今月も明日まで。ちゃんとKSNだより9月号が発行できるものやら・・ 爺575は”あらぐさの はびこるつよさ 根負けし”
2025/08/29金
ガザニアの花が咲いた庭の隣にはアサガオが背を伸ばしていた。暑さもそろそろいいかと思う、ちょっと暑さと汗かきには飽きがきた。ホントの秋はどこだろうか。(^o^) 今日からは山小屋で全然お客様もこないギャラリーカフェの商い開始。その庭には薔薇の花が咲く。相変わらず蝉とゴロゴロと雷鳴だけの演出で、雨は降らず終わりそうだ。 9月からは1400の食品値上げのニュースが流れている、月が変わるだけのわずか1日で値上げなんて、そりゃあ大変!だ。31日に買い占めるわけにもいけないし、まあ弱小商店では我慢我慢。上がるにまかせるしかない。 今日の朝ドラ「あんぱん」は涙を誘った。ライオンの育ての親の犬・・大きくなりすぎて動物園、そしてサーカスと転々としていたライオン、その育ての親の歌声を聞いて、目覚めたライオンは檻を壊して育ての犬を探し回り、警察の鉄砲が発射される。・・そこでライオンと犬の足跡が途切れるという場面・・最初の構想ではライオンの「死」が横たわっていたのが・・この物語の最後は・・「さてどこへ行ったのだろうか」と聴取者をメルヘンへ誘うという場面で終わった。 ホントにライオンは怖いと思う奴も多いのだが、子どもから一緒に育ててこられたら違和感もないのではとは我々素人も思う。何事も先入観の有無ですべての世界は変わるのかな。 南アフリカでは長いアパルトヘイトが続いていた。そこで家政婦として働く黒人女性の子どもを連れてきて白人の子どもと幼少期一緒に遊ばせて面倒を見てきた、白人の子が大きくなって、ある年齢に達すると警察や軍隊に入らねばならずまずは黒人弾圧への強制に違和感をもつという物語もみた。動物でも人間同士でもそんな幼児期の経験の有無で行動は変わる。それは当然だが・・さてガザ地区(パレスチナとユダヤ)のことなど考えると 一緒に育ち、同じ人間同士という認識がある人にとっては同様のジレンマが、あるかもしれない。 「お互いを知っている」「同じ人間だ」ということを認識している重要性は人も動物も一緒なのではないか。
2025/08/28木
再びの佐々木禎子さんの折り鶴 (珈琲豆を注文したら、8月26日に到着。その箱の上に段ボール箱からはみ出ないようにと新聞が上に置かれていました。中小企業新聞2024年8月15日版の8面がのぞいていました。1年前の新聞、それも偶然に佐々木禎子さんのことが・・) そこにはヒロシマからのメッセージ~佐々木貞子さんと6年竹組の仲間たち かわの和み代表 川野登美子さんの文章があって この一面は「終戦の日特別企画」ついこの前、禎子さんの折り鶴を眺めたばかり、70年の時間が止まっていると思った。そして新聞を読み続けると8月5日平和公園にある「原爆の子の像」のところに熊本からの千羽鶴を納めに行ったが、あの女の子は禎子さんがモデルで、全国の子どもたちの募金で作られたとのこと。「佐々木禎子さんは私のクラスメイトでした」。禎子さんは2歳で被爆し12歳でこの世を去ったとあります。クラスの三分の一は被曝者。1年生から6年生まで無欠席だった禎子さんが突然休んだ日のことも書かれています。小学校を卒業した8月、禎子さんのお見舞いに行ったときのことがこう書かれていました。「禎ちゃんの手足に紫色の斑点がいっぱい出来ていました、私がそれに目をやると、禎ちゃんは手足を布団の中に隠すのです。その頃、病室の窓枠やベッドの周りには、小さい折り鶴がいっぱいぶら下げてありました。”はよう中学校へ行かんと勉強が遅れるけえ"と薬のセロハン紙や包装紙を小さく切った紙で折りながら私に中学校の様子を何度も聞くのです。私は禎ちゃんはもう中学校に行けないということを知っていました。無心で鶴を折る禎ちゃんがかわいそうでなりませんでした」そして、禎ちゃんの死という段落が続きます。その先には募金や、折り紙プロジェクトの話につながっています。・・2025年の今年は禎子さんのクラスメイトは82歳、まだ彼女のことを直接知る人が居ることをこの新聞を通して知りました。 ヒロシマの佐々木禎子さんのことを書きながら 水俣病で若くして逝った佐々木つた子さんのことを思い浮かべてしまいました。入院先の津奈木の松本医院で短歌を教わったという淡い印象、それが彼女の闘病を支えていたというのがつたない私の記憶です。この本は手に取って読んだのですが詳しい背景まで 詳細に説明出来ないのでperplexityアプリの回答をここに提示しておきましょう。 佐々木つた子は、水俣病に苦しみながら若くして亡くなった歌人であり、その遺詠(短歌)は公害被害の苦しみと人間性への強い訴えとして高く評価されています。略歴と水俣病との関係佐々木つた子は、水俣病の患者として壮絶な体験をし、29歳で亡くなりました。彼女の遺詠は百首以上に及び、水俣病による苦しみ、希望を捨てずに生きようとする姿、そして社会や行政の責任についての問いかけが込められています。 作品の特徴と評価佐々木つた子の短歌の多くは、「水俣レクイエム」などの作品集で紹介されています。その歌には「病気を捨てられるものなら/一刻も早く捨てたし/もみくちゃにして」など、率直な心情が詠まれています。 彼女の歌は、被害者でありながらも“やさしく強く生きた姿”を詠み、人々の心に深い衝撃を与えています。 社会的意義佐々木つた子の歌は、水俣病を“自分ごと”としてとらえる重要な文学的役割を果たしています。彼女の作品は、単なる被害記録に留まらず、公害・環境問題の教訓や、今なお続く課題への警鐘ともなっています。佐々木つた子は水俣病被害の渦中で創作を続け、その遺稿は今なお大きな社会的・文学的意義を持つものです。 佐々木つた子の和歌遺詠集と代表作佐々木つた子の和歌遺詠集としては、短歌百首以上を収める遺詠集が伝わっており、その多くが『水俣レクイエム』などの公害文学作品集で紹介されています。 和歌遺詠集代表的な収録先は、『水俣レクイエム』で、つた子の遺詠が詳細に掲載されています。彼女の短歌は水俣病患者としての実体験や希望、怒り、そして人間としての誇りを強く詠っています。 代表作「人間らしく生きさせ給え天の神」という社会や行政への嘆願を込めた歌も広く知られています。そのほか、「水俣の海の目を見て話したし」など、水俣と向き合う心情を詠んだ歌が数多く残されています。 佐々木つた子の和歌・短歌は、単なる被害の記録を超え、深い人間性の叫びと社会への強い問いかけとして今日も高く評価されています。と紹介されている。(以上情報収集perplexityアプリの回答より)*この歌集をまとめた宮本憲一さんは水俣の問題をずっと追求されています。 今日も暑いので閉じこもり継続。KSNだより9月号を頑張って作っているが、まだまだ足りない。外出は午前中にプラゴミだしの5分ほど、あとは室内でパソコンを睨んでいる。視力が落ちるハズだ。スマホも朝から晩までチェックしており、午後2時半には突然の雷鳴、スマホで雷雲を確認、それも束の間、猫のハナが怯えていただけ、すぐに雷鳴も北へ去ったようだ。珈琲を沸かし、たっぷりと飲む。ご主人様は4時からオンライン会議。最近はどちらかがオンライン会議という風景だ。9月の予定は3日(水)オンライン水曜サロン、そのテーマ「青春時代」そして13日(土)は午後からAZULで「震災カフェ」と9月の予定が決まりつつあってメーリングで流している。未定なのはオンライン「健康談議」何かないかな。 爺575は”オンライン 逃げも隠れも 困難に”・・最近会議などサボれない。明日は山小屋でオンラインハムZOOMミーティングの予定だ。
2025/08/27水
昨日、南区の無線局免許更新を電子申請したものが更新完了の通知がきて、ついては紙免許状を取りにこいとの通知あり。昼から会議があるからと11時半から7km先の熊本駅近所の総合通信局へ取りに行ってきた。 その免許状には僅か3文字しか記載がない。周波数も出力も電波形式も具体的な記載もない。もうお飾りとした思えない。こんなの要らんと思うのだが・・10月からは紙ではなくデジタル免許状だって。webで観るだけの免許状なんて味もない。 その報告は ここに。 今日もうだる暑さ、散歩はサボろうかな。昨夕の普賢岳。溶岩ドームが空に向かって飛び出しているのがよく見える。 朝 駅前に行って帰って昼飯食べたらすぐに会議。消化不良のまま3時過ぎに終了。あと4日で今月も終わる。暑すぎる夏、何となく過ごしてしまったようなこれも消化不良の月になったが、成果といえば8月6日の広島原爆80年目の原水爆禁止世界大会への参加。新幹線ですーっと2時間の旅も快適だった。(初めての新幹線は11年前だったろうか、退職の月だった1月の広島行き、あのときは独立型Sの研修がメインで時間をみて宮島にも行った。) 今度の水曜サロンはテーマ「青春時代の思い出」に。うーんどうだろう、これで参加者あるだろうか、・・私にとっては、恥ずかしいことばかり、右も左も知らない初めての社会。みんなが偉くみえたもの。それは今でもそうだが・・。 私の青春って・・様々な苦労があった。当たり前が私には当たり前ではなかったのだ。自分にとって「役立つのが善、役立たないのが悪」の基準だったのかな。疲労するのは悪、笑うような話題は善、この比較がまるで馬鹿みたい。加えてコミュニケーション能力のなさは今でも苦労している。どうも変わり者として他者の目には写るらしい。自分では普通なのにね。(^o^) 爺575は”ぬくさとの 戦い負けて クーラ入れ”
2025/08/26火
今日も暑いなあ、赤い花に青い花 稲の穂も出て あとは台風の出番も近い。なかなか海面の温度下がらないので猛烈台風が出現するかもしれない。そうなるとまた大変になる。 暑いので午後6時過ぎからのニョロニョロ道路(田んぼ道)を散歩、3800歩、夏の終わりは日の入りが早くなった。18:40には火が沈む。西から吹く風はぬるい、 帰宅途上の田んぼ道には小さな虫がいっぱい目の前に現れ、吸い込みそうになるので息を止めて団地の道までぴょんぴょん走り抜ける。 米騒動の2025年の米は何とか稲穂もついて、このまま自然災害がなければ例年通りだろうか。八代などでは水害のあとが大変のようだ。 相変わらず戦争のニュースが流れる。若い頃はベトナム戦争一色だった。今はさらにあちらこちらで血が流されている。戦争やめてと反戦を大声上げても耳を貸す当事者はない。 何でも順調に継承されていると思っていても実は途絶えていることも多い。かっての白川水源近くの瑠璃温泉も企業に売られたとか。地震のあと南阿蘇・木の香温泉も消滅。最近はなかなか良いことがない。昔は我が山小屋の近くには泉力の湯もあったが。残念!もう温泉は遠くなってしまった。 田園散歩から帰宅するとすぐにシャワーを浴びて、それからの夕食造りで食べるのは午後8時、キューッと冷たく冷やしたビールを飲み、ポークステーキを食べながら、夕食を終えると、ちょっとボーっとしながら、追加で冷えた我赤ワインを飲みながらTVを眺める。 そしてweb日記を書きながら、梅酒のお湯割りを飲むのだろう。 爺575は”飲める奴 みんなあの世に 40代で”・・ふとお酒のことを考えていて、身近にいた友人は40代でこの世とおさらばした。もしまだ生きているとすると私と同じ古希過ぎで、今頃どこかで待ち合わせして飲んでいたかもしれない。ベトナムへ一緒に行ったMさんも、その報告集の印刷を引き受けたYKさんも。二人ともsuicid 私にはSOSを見抜けなかった。すごい後悔だ。
2025/08/25月
まるで冷たいアイスクリームのような薔薇開花直前の姿・・ 今日は11年目の車の半年点検日。朝から庭の薔薇を眺めて出発。点検工場の駐車場は満杯。ところで今回からは清掃料金を取ることになったと説明された。外回り1000円内回りの掃除1500円と別料金になった、ここもか。前回までサービスとして含まれていたのろうが、今回からは物価高騰は様々なところで利用料(転嫁)として請求される。ますます暮らしにくくなってきた。 啓いてしまうと香りを届ける白い薔薇。あとに続く蕾みもあって・・ 昨晩から「ラスプーチンの庭」中山七里著を読んでいる。暗いのですぐに目を閉じてしまうので気づいたら本が顔を叩いていた。そこで改めて読み直しながら先へ進む。最初はALSのこと、次は腎不全の中学生のことと難病の話が続く、それも治療費が家族を襲う。お金が縁の切れ目と昔から言われていたが、貧困が進む日本では命の選択もお金持ちしか叶わない時代に戻っているような気がする。貧者の命が軽く扱われる時代は絶対になくさねば。 花弁が開き過ぎると隣のおばちゃんになってしまう薔薇の不思議 ご主人様は昼からZOOM会議、全然違う世界でもオンラインで情報交換をやっている。ネット社会の恩恵と愚衆の偽情報発信での欺されごっこ。善悪・真偽ごちゃごちゃのこんな社会はどうなってゆくのだろう。善意か金銭獲得か、これから孫の時代へ良い世界に繋がってほしいのだが。そうはならないだろう。 爺575は”無理解が 人類正義 バラバラに” 今日の歩数は531歩、5000歩にはちょっと足らない。マムシの田んぼ道へ散歩にでようか
2025/08/24日
昨日の夕方の夏空 裏山の草原回復写真。外は暑かったなあ。上り坂で息が切れる爺さんになってしまった。普段座っているときには気づかない老化が、裏山歩きではすぐに現れる。 今日の午後はKSNの本部講習(スマホ)があっていて・・ちゃんと誰か写真撮っていてくれたかがとても心配。撮影してくれそうな方が講師だったことに今頃気づいて・・あらまあ一面どうしよう!って書いて、店じまいして下界へ帰宅してLINEをみたら、大盛況のスマホ教室の写真が沢山届いていた。あとはメーリングでその様子が流れると、そのまま貼り付けて一面完成だ。皆さん楽しそうで良かったなあ! このKSNだよりはパスワードで管理されているので会員でなければ観ることができない。KSNアーカイブにある。 これも昨晩の訪問者の記念撮影。白い蛾が網戸から室内を見つめていた様子。猫がいつも応対(網戸を壊すのだ)。それでガラス戸をさっさと閉めた。夜中には雨音もして、庭の花は喜んだだろう。南区にも降ったろうか・・山に比べてあちらはなかなか降らない。 世間では訳の分からない殺人事件がいっぱい。神戸では見知らぬ人物が若い女性の後をつけて殺しているニュース。なんじゃろか。こんな事件ばかり多い。明るいニュースなんてスポーツ以外に最近はあまりないこと。熊の人を襲う事件も多くなった。棲み分けが出来なくなったのだろう。 それにしてもガザの飢餓状態がたいへん。同じ人間なのに一方では爆撃して攻めるばかり、それに荷担する大国。世界の組織は全然手も足も出ず、ジャーナリストや医療者が攻撃目標にされるほどだ。別の場所では、ウクライナも軍事侵攻された側がアメリカの仲介とはいえ、幾つかの土地をロシアに提供せよなんて、弱肉強食の姿勢を一見支援するような姿勢で米国が伝えるなんて、それを仲介というのか ロシアの肩を持つ行為なのではなんて思う。強い奴が勝つ(それが正義?ちがうのでは・・単なる弱いモノ虐め)世界のみんなで何とかしないと、それはいろんなところが(食料自給率など含め)弱い日本にも牙が及びそう。 国際連盟なんて今の世の中の平和維持の手立てに全然ならない。大国の拒否権に何の手立てもないし 弱すぎる。 今朝の露草。青色の花は夏には少ない。アサガオぐらいか。今日も外は暑かった。 爺575にて”露草は ミッキーマウスの 青い耳” また夏風邪引いたか、鼻水タラタラ。。困ったなあ。時々くらくらする。最近自分の体力のなさがはっきりする。外出にも気をつかう、ちゃんと計画を実行出来るのかも体調次第になってしまいそうだ。数年前には考えなかったことが、考えねばならない年齢になった。 猫のハナは今日はちゃんと聞き分けがあって、スムーズに帰宅につながった。いつも帰り道に籠から首を出し必ず観る場所(秋津)がある。産まれた場所かなって・・思い出の場所なのかと思ったり、真意は猫語が解せないので分からない。ただごく近所(木部)にきたらもう家が近いと知っていて顔を出しぱなしになる。 この花はヤブランという。ヤブラン属、旧分類ではユリ科だったそう。知らない花ばかり・・西原村の山小屋の庭に咲いた。世の中はまだまだ知らないことが多すぎる。恥ずかしくてこのままでは昇天出来ないから、このまま、そこどいてと言われても・・居座り続けよう! 爺575は”約束はヤブランなんて嘘ばかり”
2025/08/23土
暑い時は、喉をするすると今日も素麺がうまい。氷の埋まったそうめんを掬い生姜と小ネギ、青しそをめんつゆの中に入れ口の中へ。 一休みするとうっすらと汗が・・この暑さいつまで続くのだろうか。そうめんと言えば、中学生の頃まで小川の実家の近所に工場があった。昔熊本の県立の小川再生院という精神科の病院が砂川の向こう岸にあった(今は町民グランドになっている)・・この精神病院は砂川が氾濫する水害で富合に引っ越したが・・その手前にあった。長い白い糸のような素麺が干してあったような覚えも、その工場も洪水とともに消えたかな。その下には瓦屋さんがあって、小さな町にはいろいろ工場もあったが、今の小川町には何もない。町のメインストリートも空き地や駐車場ばかり、思い出は55年程前の大昔のこと。だからそうめんは身近な場所にあったような・・と今日も暑い中での冷たく細い食を・・ 森の夕闇は5時過ぎたら始まる。ヒグラシが聞こえてきた16:31、散歩に出ようか、ヤブ蚊に刺されるからやめて、このまま寝転がっていようかと迷う。だんだんと夕暮れが近づくと蝉も必死に泣き始める。ツクッショ、ツクッショ ガラガラ、ヒグラシ以外の虫の音も喧しい。 やるべきことが浮かんでは消える。 KSNだより9月号を真面目に始めなければあと一週間しかない。余裕がない。明日は24日、KSNでは本部講習、スマホの勉強会があるのでそれを表紙にしよう。8月はサロン暑さで休止が多いので誌面が余ってしまう。さてさてどうしよう。既に9月で88ヶ月目に突入だ。 10年前のFACEBOOK投稿がスマホ画面に現れた。萌の里付近を散策したときの記事。2015年8月23日のこと。これは熊本地震の前年。まだまだ俵山には傷がない頃の写真だ。コメント欄には南半球ペルーに住む亡き原さん(日米井戸端会議でご一緒した)から「時間が止まったよい景色、山には送電線が、電気も流れ、時も流れます」って。いつかペルーの原さんに会いに行きますって言っていたのに、行く目的がまた一つなくなってしまった。 爺575は”思い出は 次から次へ 玉手箱” あのときのことがあちらこちらに関連して 広がってゆく。言葉にするのは難しいが、なにしろ、すべての人は絶対にこの世から消える。生きて居る間はお互いに関心を持ち合って・それでも・消えてもなお、思い出にある。それが消えるときが自の消滅の日だろう。








