2025/07/21月
手抜きの草刈りはお客様を送った午後4時から、汗びっしょりになりながら。下界への帰りの時間も迫った頃なので、相変わらずの手抜きの作業だ。いつも下手くそな草刈りだと自画自賛(^o^) それでも草の量は減ったような雰囲気だ。夏の夕暮れの草刈りは特にヤブ蚊もあって、疲れてしまう。二階ではご主人様も猫のハナも束の間の居眠り中。 こんな風な草原だったのをカットしたあとは気分がよい。終わったあとは冷たい飲み物をキューっと飲みたいなあという思いを押さえて、店内の後片付けを終えて帰りの時間は7時になって、帰宅後も私が夕食の支度(娘から貰ったウナギを)をして、食後にキューっと。神戸の兄からのブランデーに氷をいっぱいいれて冷たく冷やしなたのをキューっと!美味いぞ!ウナギもVSOPも(^o^) ありがたや 物流にも感謝! ピンクの薔薇が一日で散ったあとは、白い薔薇が綺麗に開花。昨日の様子からさらに開いた。この姿も最高だ。真夏の暑さには白がよい。 白は雪、冷たい色なのか、滝の落ちる様も白い波しぶきも。やっぱりそれも白。暑い時には白が一番似合うかな。 爺575は”朝起きは 苦手なくせに 起こされる”・・もっと寝たいのに、夜中に足が引きつって歩かないと治らないことや、猫が壁をゴシゴシ擦って、”こらこら家が倒れるぞ”とやめさせるために起きたり、一晩に3,4回起きてしまう。ホントに寝たいのに眠れない毎日をショボショボと暮らしている。
2025/07/20日
数年ぶりにピンクの薔薇が咲いた。今朝気づいて撮影。昼前の太陽の前では花びらは既に落ちて、虫が沢山花びらに寄ってきていました。桃色は虫の好物なのかな。 今日は参議院選挙の投票日、主権在民を蔑ろにした政党などあって、その人気がちょっと心配だ。人が皆平等で安心して平和に暮らせる社会を望む私だが、どうも意に反した結果にならないと良いのだが・・ その後8pmからの開票を眺めると伸びて欲しくない党が急進中。まあそれも一人一票の行使だから仕方ない。 白色の薔薇はしょっちゅう咲いているが、全面開花の時よりも、今くらいの時期の花が綺麗に見える、でも暑い時には咲かせないほうがよいと聞くけど、チョキンと切ってしまう勇気はない。咲きたい花は咲かせようと思う。 この夏の暑さは人間にも植物にも悪い影響を与えるかもしれない。トカラ列島の地震がこの二日、収まったように見えるが、その後に大きなことが起きなければよいがと、いつも良いことも悪い前触れみたいに疑心暗鬼な思いが心の奥にある。 昨晩は網戸を左右に開けてこっそり逃げ出した。周りは真っ暗なので遊べなくて、すぐ2階のベランダに舞い戻って、捕まえられてしまった。今朝は昨晩の逃走劇を思い出しているのやら。ちょっとやそっとでは開かない網戸を前に外を眺めていた、昼前からは昼寝にベッドへ。毎日退屈だなあ。 爺575は”そよ風も 北から吹けば 涼しけれ” 電気代が勿体ないとクーラも入れることのないシニアの生活。大自然界の常識を貧乏家屋に持ち込んで。扇風機の風でなんとか凌ぐこの夏の暑さ。扇風機も北から吹かせればちょっとは涼しいかもなんて考えるお馬鹿さん。
2025/07/19土
昨晩は25度くらいで雨の後で涼しかった。今朝は天気もよくまた暑い一日になった。森の朝の庭を散歩。空には波状雲もあって、もしかしたらどこかで揺れるやら。 昨晩のハムzoomミーティングでは、丁度昨日がマンデラさんの誕生日とあって、南アフリカの1991年の訪問のことを話題にしたところだった。一人一票を得た1994年、それで自分たちの国作りにアパルトヘイトで虐げられていた人々の権利を勝ち取った。評判が悪いと投票しないので、永久的な権力なんて存在しないことに。だから今はANC支持者は多数派ではない。ズマ元大統領の振るまいはあの当時のことを忘れてしまったので交代した。それでも訪問時の書記長シリル・ラマポーザが白人基盤の政党DA(民主同盟)とANCとの連立政党として大統領として継続3年目である。白人も黒人も壁を取り外す政治の世界となっていることが興味深い。デクラークとマンデラの2人でスタートしたことも今に続くのだろうか。アパルトヘイト当時考えられなかった夢が現実になっただろうが、時々は黒人が白人を虐待しているという話をする外野のでまかせもある。 山小屋の草も伸び放題:この暑さでは手も出せない。晴れたら暑いし、曇ったら雨が降る。そう呟きながら先送りする。蝉の鳴き声とともに、今日はようちえん児の声が森の中から聞こえてきていた。14時過ぎには引きあげた。こんな裏山が役にたってよかった。春先にはエビネランが咲く、秋には栗の実が落ちる。 冬は寒すぎて、森には近づかない。 夏は陽の当たるところの明るさと、影の部分の黒の対比が凄い。そのコントラストに目が眩む。 この地は21年になる。庭の木もそれぞれ歳を取った。おかげでみんな巨木になってしい、枝には既に手は届かない。爺さんは登れないし、森や木の手入れも出来ない。仕方なく、冬の強風や台風の風に時々弱い枝の始末を頼んでいる。我が守備範囲には管理とか緻密とかそんな言葉の辞書がない。 爺575は”風強し 遙か南の 台風か” 我が山小屋は330mの標高があって遠くで台風が発生したときも風が強く吹くような気がする。日本に影響あるなしに拘わらず風は正直にやってくるような。
2025/07/18金
雨が酷いので今日は山行きをやめようかとご主人様。私は真面目だから行かねばと主張。それでも誰も来ずと思っていたら・・ 午後3時頃に上着を脱いで、下のギャラリーの生花を代えようかとしていた頃、近くのようちえんの方と子どもと一緒に明日の遊び場の事前調査へ。そのとき唐芋とキューリを貰った。(^o^) ・・丁度私も近隣3軒へのお中元を持って行った直後だった。作物の差し入れは助かる、なにしろ新鮮だ。年末には子ども達が作った米も頂いたばかり。 有り難いこと。 白い薔薇もオレンジ色の薔薇も蕾をつけていて、この暑さにも構わずに来週には咲くだろうか。 日記を再開する時、今日を土曜日としていたのに気づく。 蔦の元気さは凄い! あらやる地上から生える木々を伝って上へ上へと伸びてゆく。ある面、迷惑な奴だ。 南の海では台風6号が発生。雨は一時的だった。明日からはまた暑くなりそうだ。 蔦のように、延々と伸びる樹木に取り付いて 生きる方法も他人の人生を追うようで、高い場所から高見の見物もまた面白そうだ。ただ私の足に絡みつかれると、直ぐに外したくなる。その蔦を伝手に蟻や虫が伝ってくることを想像すると根っこから引っこ抜きたくなる。観る側と絡まれる側の立場が変わるし、あるいは絡む側からの思いと絡まれる側の心理は180度異なることだろう。 爺575は”腹八分 それは困難 万福寺”・・今日は夕食を食べすぎて真面目な言葉が浮かばない。575番外編だ。 ふと昨日の田園散歩を思い出す、中央の雑草はグングンと伸び、そこを歩く私の足の高さくらいに成長していて、多分ここを通過する車の底をすっかり綺麗に掃除して呉れるだろう。通行人にはちょっと邪魔だが・・ 道:Caminar 歩く歩く その歩く場所はCamino(道) 歩くことと道が一体になっているスペイン語/ ロシア語ではдорога(道)、ходить(歩く) 私は道を歩く Я иду по дороге 韓国語では 나는 길을 걸어(naneun gil-eul geol-eo)歩くは걷다(geodda)道は길(gil) グーグル翻訳に言葉を入れるだけでスピーカマークをクリックすると発音してくれる。なんて凄いのだろう。知らない言葉までちゃんと知っている言葉に翻訳してくれる。 スマホで撮って文字化して翻訳して貰うと翻訳者は要らなくなってしまう。これが今、大きなうねりとなっている。いろんな職業がAIにとて変わられるという。AIなら簡単に多言語翻訳が得意であるから、翻訳者は失業、せっかく単語を覚える努力しても機械には叶わないかも。 それを医学の分野で使うなら画像診断も人間よりパターン認識が得意、怪しい部分を指さしてここがおかしいと診断(細胞診とか内視鏡画面とかCTやらXP写真やら、専門の診断医や放射線科医より正確で、そのうち彼らは失業かな。
2025/07/17木
80年前の7月16日 アメリカは初めての核実験をして、3週間後には実際に広島、長崎に落とした。 花の中に花があるような花=ヒャクニチソウ 百日も持つのだろう。経済的な花だ。 南アフリカ1990年2月11日 マンデラが長い投獄から開放された。その翌年の1991年7月に私たちはヨハネスブルグのANC本部を訪問した。 この映画を観ていて奥さんのウィニーとの間の隙間も見えた。二人の間の闘争の思惑違い(暴力の是認か否か)が表現されていた。世界的にもアパルトヘイト解消のための経済制裁による効果も絶大。1992年南アを戦場にしないという方針で白人支配の幻想が壊れたのか。白人と共同統治を目指すが、ウィニーは戦おうと叫ぶ。ANCの方針と異なる行動を取って 恐怖や残忍な処刑を許容するウィニー、非暴力で平和を求めるマンデラの二人の間に亀裂が入っている。ウィニーは、あまりに長い間のひとりぼっちに反発したのだろう。マンデラも離別を宣言。その後、黒人同士の戦闘が「内戦のような勢い」で南アフリカの白人黒人共に辟易 マンデラ釈放以降も続いた殺し合い。そこで「平和こそ重要だ」とTVに向かい 彼らを赦せ 選挙で勝って 投票で1票をいれようと誘導。 1994年4月27日 投票へ。ANCの機関誌名だったMAYIBUYA(返せアフリカを)が実現する日がやってきた。long work to freedom 自由への長い道という2013年の映画タイトルが今日の放映。それも何気なく偶然にチャンネルを変えたところで私の視野にはいってきたのに驚いた。 あれからもう34年になる。それでも世界には様々な問題が浮き出ている何も出来ない現実が横たわるガザの虐殺に対しても世界中が経済制裁などを使う手法はないのだろうかとつい思ってしまう。南アフリカがイスラエルに対してちゃんと発言している。 写真は エノコログサだって・・棘を含めて稲穂に似ている。 庭に咲く、この菊は長寿の花のようでもう一ヶ月ほど蕾から花びらまで長い時間みえている。 今日は暑くて外へ出る気にならない。そういえば牛乳が無かったので買い物に行って娑婆に接してこようかと思うが行動に移るのが遅い。クーラーの下でPC画面ばかりみてしまう。 寝そべっていたハナに声かけしたらビックリしてこちらを振り向いた。その後二階で熟睡。転々と場所を変えて寝転んで(猫転んで)いる。 爺575は”おいこらと 起こされたばい 寝とっとに” 全然関係ない二人が同じ部屋に居て、お互いビックリさせあいしている平和な午後。こんな日がいつまで続くかな。
2025/07/16水
昨晩の交流会では、二次会まで行ってしまって、タクシーで帰宅し経済的視点と合わせて・・歩数稼ぎにスーパーから歩いて8000歩以上も滅多にない歩数をアプリに反映出来なかったのが今日も悔やまれる。今日は2003歩しかない。だって今日はほとんどが車での移動がばかりで、西原村での食品衛生協会の毎年の研修会参加。その前に山小屋に寄ったところ、二階玄関に蜂の巣が今年も建造中だった。頭を低くして家に入って、スプレー薬使っての蜂退治。巣ごと撤去したが、奴らはまた頑丈な家を作るだろうから今度の金曜日が再びの戦いになるだろう。ここで刺されないないように玄関を開けたり閉めたりとドキドキしながら毒薬をスプレーして動きまわったので、勉強会へ行く前に既に疲れてしまった。 1年に1回の勉強会。いろんなことを再び思いださせるがHACCAPの実践がなかなか大変だ。 じっと座っての講義を後にして午後5時頃に自宅到着。米がいよいよ少なくなったので、それから玄米を精米しに出掛けることに。抱える玄米30Kgが重い。もう腰が痛いぞ。私より年長が軽々と抱えているのに私のへっぴり腰が限界を迎えそうだ。 KSNの仲間のライオンマンさんが新聞に載っていた。お祝い会はもうずっと前(6月9日)にやったのでここにそのときの日記がある。それにしても世界で一番というのが ほんなこつ凄い!! 18時20分頃 TVを観ているち「私のメッセージ」というコーナがあって・・ 生きた証を遺したいという男性(63歳)の死の4日前のインタビューが放映されていた。娘がうまれたこと 小さいときからかわいがっていた。娘が育った風景を見られたこと 自分の人生は幸せだったと奥様へ。・・ 爺575は”期限あり このまま続く 訳がない”突然途切れる人生もあるが、今の現状が続くなど考えられない。らせん階段を降りてゆく我ら
2025/07/15火
昨日の夕刻の金峰山 頂上は雲がかかっていて 平地は風が涼しい日だった。その風は朝まで続き、開けていた窓から入って足を冷やした。猫のハナが足を爪で引っ掻いて、早く起きれと行動開始、おかげで午前6時前には目を覚ました、夜にはKSNの福祉部の夏の交流会と名ばかりで飲み会だ。 我が無線のアンテナを乗り越えてオシロイバナが今から咲こうと営業妨害・だって今営業してないじゃない・・ってよく知ってるぞ。趣味はハムですなんて、もう言えないか。趣味は暑い夏にはガンガンとクーラーの効いた部屋で寝転んでTVを眺めることだろうと言うのかな・・まあ無線放送の傍受だから趣味は厳密には変わらず一緒かも。 誰かに生かされているということを時々思う。三叉路を右に曲がってそこの四つ角を左に、そんな人生の選択肢がずっと続いて、なんとか落とし穴を避けて偶然、今日まで生き延びてきた。自分の力ではない他力が、あるいは猫力などが、後押しして、生きている。このままでは糞尿製造機と成り果てる私までの長い旅にはならないだろうが、どこかでこの世とさらばすることになる、それまでは、よろしく。 さあ そろそろ賑やかな町へ出発だ。爺唯一の特典のくまモンカードを使ってバスでお出かけしよう。 続きは帰宅後に・・と書いて交流会に参加して盛り上がって帰宅・・タクシー代を浮かそうとスーパーで下車、2500円のところでタクシーストップ、そこから自宅まで歩いて20分 トータルなんと8150歩、最近の最大歩数なのに、他の用事を済ませていたら、なんと午前0時3分過ぎになった。そこで健康アプリに登録を忘れていたことに気づいた、なんてことだ!折角歩いたのにモー!今日のゼロ歩ってことに。(T_T) 早く到着して本屋さんで1時間、足が疲れて上通の岡田珈琲で700円(ブレンド)、ここもQRコード読ませての注文。それから交流会会場の壱之倉庫もQRコードで飲み物を注文。何処もかしこもこんなのばかりでつまらない。久しぶりに会えたメンバーも一年ぶりとあって、やはり定時の交流会は必要だ。 爺575は”酔っ払い 行きも帰りも 計算を” 僅かな小遣い、大事に使うシニアの余生も金次第かな 明日は勉強会だし、ゆっくりも出来ない。
2025/07/14月
昨日も変な天気だった、雨が降りそうな日よりなのに、時々青空も見えて、夕刻の山小屋を閉めて帰宅の時間となる頃には、駐車場には長い木の影が伸びていた。西に沈む太陽の角度はまだ高い。夏至から一ヶ月、冬至まで5ヶ月、日に日に、陽の照る時間が短くなってゆくのを、忘れているような。きっと来月末には早咲きの彼岸花の姿を観ながら、過ぎ去った夏の日々を思っいることだろう。 朝から今日も小雨だったか、病院受診して帰宅。午後のんびりとしているとご主人様から「空き缶運び」を手伝ってくれとSOS、ご主人様は足が悪いので今回は初めて助っ人に。これもボランティア活動だ。お金のない組織へのカンパで何年も続けている空き缶集め。アルミ缶が既に我が家の駐車場にいっぱいになったので、資源屋さんに持っていくことに。ガチャンガチャンとご主人様の軽自動車に積み込んで、私にとっては未知の世界へ。これ全部でいくらになるかな・・ご主人様は1000円ちょっとかと到着前に言う。で資源屋さんへ運ぶと15kgで2350円也。ご主人様は喜んでいた。 この空き缶集めには私も随分、協力しているのである。Sのプレミアムモルツを毎日、頑張って飲んでいるのだ。我慢我慢と冷たく冷やしたビールを飲む苦痛(^o^) ああ 誰にも分かって貰えないだろうなあ。こんなこと書いていると冷蔵庫に向かいたくなる、ボランティア精神が私の行動を支配している。 爺575は”ゴミ箱に 宝物を捨て 探す俺”
2025/07/13日
昨夜19:55、森の中は闇のはず。ご主人様が木々の間に赤い光があると指さしたのでパチリと撮影真ん中付近に赤い光。2階の炊事場で、目線より上にあるので、建物があるはずはない。しばらく眺めていても消えない赤い明かり。なんだろうと言い合った。露出が長いので空の青もはっている。こちらからは菊陽の方向だ。標高330mだから、高い建物はないはずだし、これこそ謎の浮遊体かもね。でこの疑問を納めておこう。 謎の浮遊体から一夜明けて13日の日曜日の朝の空、半分雲があり、青空もある。午後からは雨になる予報。昨夜は西風が涼しかったが、今朝の風は温い。 朝から珈琲を沸かし、庭に長椅子に座って空を眺めていた。これが理想的な山の暮らしだ。珈琲を飲みながら、ぼんやり空を眺め、時間があれば無線を聞き、一日がただただ流れる森の暮らし。誰にも遠慮が要らない暮らし。そんな平凡な暮らしが私の夢だったかな・・と今それをやっている確かな数時間なのだろう。他人に気を遣うなんてそんなことも離れて、好きな時に好きなことを、誰にも強制されない自由な時間を持てたのが何より。 下の階からピアノの蓋を開けて、弾く音が聞こえてくる。森の中ではカラスが鳴いている。 森が緑の7月も、既にもう半ばだ。あと少しで8月になる。8月4~6日には原水禁大会の広島に参加予定。昔、青年の頃は広島へ行ったこともあった。あれから4,50年になる。この間。核兵器は戦争に使われなかっただけで、世界中に増え続けている。被曝者の声を聞くと偶然助かったという。たまたま建物の裏側にいて助かった人も。その日は学校へ行くはずだったが腹痛で休んで、学校へ行ったみんなが犠牲になってしまった。・・一発の原子爆弾が沢山の人生を変えてしまった、長崎の場合もそうだ。何か一つ違うだけで、あちら側(あの世)かこちら側(この世)と分かれてしまう。それを運命というのか、神の意志というのだろうか?よく分からないが、核兵器は絶対駄目。それにつながる原発だって事故が起これば人間の手でなんとかなるものでもない。 爺575は”風がある それで我慢の 夏の星”
2025/07/12土
昨日は緑ばかり目についたもみじの葉っぱが木の裏に回ると一部が変色している。枯れたのか、ここだけ紅葉が早くにやってきている。早くも寿命がきたのかこの枝は。・・・植物にも人間にも大体必ず早咲きとか遅咲きとかあるが、この紅葉は病気なのか?・・今始まった人生が、ここでお仕舞いなって可哀想だ。夏を超えて、冬間際まで周囲の枝葉は頑張るのだろうに。 一方 クチナシ一家は旬を過ぎて、ほとんど年寄りは枯れて、若者らも真っ白の花が少しずつ黄色い色に変わりつつあって、よい香りも少なくなってきた。 暑さに参った人間は夜は、日本酒を冷やしてチビチビと飲む。白鹿 しぼりたて が甘くてするすると入る。いつも焼酎ベースの梅酒が基本だったが、純粋な日本酒は珍しい。飲めてしまうから仕方ない。親父のDNAを受け継いでいるから何でもこいって感じだが・・ただ翌日が辛いかも。今年の梅酒もあと20日で解禁だ。どんな味になっただろうか。酒の味って飲めない人には分からないだろうなあ。 相変わらず無線はお留守。時々ワッチ。積極的に電波は出せずにいる。瞬間的にSWRが極端に上がるので、電波を出すのが怖くなる。雨降りの日にアンテナの端が栗の木の枝に接触しているときもあって、終段を壊すことが頭に浮かぶ。だからここ最近は聞くだけで我慢している。栗の木の枝を切るほどの腕もなくて、時々洗濯竿で叩いて方向を変えるだけで、アンテナは風に流されるままのV型ダイポール。 秋になるとALLASIANコンテストやらWWコンテストやらには復活したいものだ。 爺575は”献杯は される日あれば 有り難い”いつも献杯する側ばかりではつまらない。(^o^) 時々自撮り遺影撮影会開催中









