2025/07/05土

つい最近までデコポンの大小が売られていたのだが子どもサイズも「不知火」という名札がついて道の駅に売られていたが、7月になるともうどこにもないかも。今日はデザート用に最後の一個を切ったところ。これで今年は終わり。
お客様がないと自然に私の口に入るのだ。そういえば山形のさくらんぼを今週はデザート用に買った、ピンクのさくらんぼは少し甘い。食べることといえばKSNの福祉部の暑気払いが決まった、魚料理がメイン。一年ぶりに久しぶりに集まることに。とは言っても、先日世界シニアの修道大会でお祝い会したばかりで、メンバーは結構重なっているから、懐かしさもないが。たまに非日常の会があると楽しい。
最近、私の趣味がアマチュア無線なのだって言えなくなってきつつある。コンテストの時だけはウキウキしてリグの前に座る。それでも毎日一局との交信を自らに課していた3,4年前とは異なって、ちょっとだけ興味が薄くなっているのは確か。新しいモードのFT8だって、一ト月も中断すると、再開するのが面倒くさい。コンテストではSSBで簡単につながるところにもFT8がつながらないなんて、既に利点は逆転した。ローパワーで遠隔地と交信出来ると謳っていながら、1kw局がモサモサ、我が信号なんて完全に無視されてごまめの歯ぎしりが続いていた。・・インターネットがあれば、完全につながれる世界、素人無線の持つ不確定さ、その魅力がまた一つ失われてゆく。直接QSL(交信証)カードがメールに添付されて届くのも違和感があって、なんとなく昔が懐かしい、郵便受けに何度も足を運んでいた時代はもう遠くなった。モールスだって電鍵選びで終わったような気もする。(^o^)
他に趣味と言えば・・60過ぎて始めたことに小説を書くことに夢中になったことも。それも滑稽な素人小説。熊本地震で何度も揺れがあって落ち着かない頃、私はそれに熱中していたのだった。心配事から視野を外すためにだ。結局AMAZON のKDP印刷を利用、これまで4,5冊も売れただろうか。無線同様に今は熱意も薄れてそれも次第に遠ざかりつつある。いずれもフエードアウトするのだ。
爺575は”趣味に病み 時間を忘れ ふとはてな”あれはなんだったのだろう。食事も忘れて熱中していたことを振り返る はてあれは?と正気に戻る


我がギャラリーに友達の作品を並べている。長谷川櫂さんの出版物は沢山あって、その一冊目は「古志」である。以来ずっと気が向けば贈って呉れる。その一つずつが彼の足跡である。古志に納められている2句をとりあげよう。春の水とは濡れてゐるみづのこと 彼の家の近くには砂川が流れていて、名の通り砂の川で、流れに足をつけていると、砂とともに、皮膚をこすって、こそばゆく足の下を水と砂が流れる。そんな春の水を思いながら作ったという・・冬では水に入れないし、春だからH2Oが流れる、分子同士が液体になる。そんな春のみづってこと・・生半可に思い出しているので私の記憶も曖昧だ。
ゆっくりと吹きほどかるる雁の棹 (俳句は猫に小判の素人は、棹を”たく”と読むのか”さお”と読むか迷った(^o^))句集を頂いたのは水俣に赴任していた頃の話、20代の私の解釈は、これは人生を詠んでいるのかもと解釈。・・同じところで遊んでいた仲間も風が吹けば(時間が経てば)、それぞれ自のゆく道を見つけて隊列から離れてゆくのだろう・・中学校の科学部(理科クラブの名称だったかも)で俳人櫂さんや造形作家川口喜久雄くんらと雑巾投げした仲間は、そうやってそれぞれの道を選んだ。そんな独自解釈をしたものだ。そんな本の数々、私一人には勿体ないので、ギャラリーに来た人に読んで貰おうと置いている。


