2025/06/01日

山小屋の梅は今年は一個も実がつかないと思っていたら、今朝の太陽に光って青梅が1個こっそり顔を見せていた。全然とか全くとは軽々言えない。周りはどうあれ、どこかでひっそり実を結ぶ梅の実もある。/昨日の草刈りのあとを眺めるとあちこちに刈り残りが目につく、来週はもりもりと伸びているだろうか。明日は雨が降るというので、すくすく嫌に背がのびてしまうだろうか。もう6月に入った。梅雨目前だ。
「メルケルの自由」 朝からのサンデーモーニングでやっていた。なるほど自由とはそんなものだと共感。不自由な相手を自由にすること。自分の自由ばかりいうアメリカの大統領とは正反対。
TVでは医療限界社会が放送されている。切実だ。我が身も起こりことかもしれない。医療の質が低下している。医師偏在が要因という。医師数が減り続ける地域中核病院の話だ。
同時に国の11万床削減をすすめる中で。苦悩は国民に。医療費削減という名のもとに。削減の原資は消費税というので:福祉に使われるというのは大嘘だ。コロナ騒動でベッドがないと受け入れ拒否もあったし、これからのパンデミックには勿論対応出来ないだろう。
家に帰ると夕陽が沈んだあとだった。雨が明日は降るのだろうか?猫のハナは大人しく山から一緒に帰ってきた。途上の秋津と我が家の近所に近づくと必ず籠から顔を出して、周囲を眺めている。4歳の猫が、我ら爺さん婆さんより長生きするだろうことは明らかだ。人見知り猫のハナはその後大丈夫だろうか(再びの野良に戻れるのか?)という思いで、なるべく爺さん婆さんが長生きしないと可哀想だ。それが長生きしたい一番の理由になっている。爺さんの頭の中はとても単純だ。
爺575は”忘れ物 あれもこれもと 帰宅後に”・・やっとここまで辿り着いたのに、もしかしたら取りに行けと婆さんに命令されるのだろうか。猫のハナは「俺は知らん」という顔をしてをり。



